メディア・リサーチ

メディアとコンテンツをめぐる雑感と考察

ネオ・デジタルネイティブの誕生―日本独自の進化を遂げるネット世代ネオ・デジタルネイティブの誕生―日本独自の進化を遂げるネット世代
著者:橋元 良明
ダイヤモンド社(2010-03-19)

 本書は、東大橋元研究室と電通総研の産学協同研究の成果をまとめたものです。「デス、マス」調のわかりやすい文章で、膨大な調査データをもとに、76世代、86世代、96世代のメディア環境、情報行動の変化を探求しています。研究者にもビジネスパーソンにも有益な一冊といえるでしょう。詳細は直接お読みいただくとして、ここでは、そのエッセンスをご紹介したいと思います。

【76世代】デジタルネイティブ第一世代(?)
 1976年前後に生まれた世代。現在34歳前後の働き盛りです。就職氷河期を生きてきた人たち。20歳前後にPCとケータイに出会い、PC利用がとくに活発な層。名だたるIT起業家がこれに含まれる。
【86世代】デジタルネイティブ第二世代(?)
 1986年前後に生まれた世代。現在24歳前後。大学生~新卒世代。ケータイをメインに使いこなす。
【96世代】ネオ・デジタルネイティブ世代
 1996年前後に生まれた世代。現在14歳前後。中学生がメイン。モバイル志向が先鋭化。動画デバイスを始終持ち歩き、使い倒す、ビジュアル系が多い。

 76世代と86世代に間には、メディア利用、価値観、対人関係などに大きな落差がある、と指摘しています。

 PC対ケータイ利用でいえば、76世代は、PCで「書き」、ケータイで「読む」のに対し、86世代はケータイで「書き」、PCで「読む」といった違いがあります。76世代は、テレビとPCを同時並行的に見るのに対し、86世代は、テレビを見ながらケータイをいじっている。

 価値観については、76世代が自分らしさを大切にするのに対し、86世代は人との調和を重んじる。

 対人関係でいうと、76世代は「PCで世界とつながる」と感じるのに対し、86世代は「ケータイ」でつながるという感覚をもっている。

 私自身はといえば、76世代以前に属しますが、メディア利用パターンなど、76世代に近い感じです。「ネオ・デジタルネイティブ」になると、私の世代とはまったく違う別世界の住人のような気がしています。モバイル動画を時間、場所を超えて使いこなす「ユビキタス映像処理脳」(105ページ)はその典型でしょう。ちょっと難しい言葉遣いになっていますが、96世代とそれ以前の世代の違いは、次のように要約されています。

「デジタルネイティブ」と「ネオ・デジタルネイティブ」の違いは、前者が、主にPCを通してネットを自在に駆使する世代であるのに対し、後者は、映像処理優先脳を持ち、視覚記号をパラレルに処理するのに長け、モバイルを駆使してユビキタスに情報をやりとりし、情報の大海にストックされた「衆合知」を効率的に利用し、これまでの、言語中心にリニアなモードで構成されてきた世界観を変えていく若者です(140ページ)。


 最後の第4章では、「ネオ・デジタルネイティブとうまくつきあう」というタイトルで、ここは96世代の両親やマーケティング実務家などに有益なアドバイスがいろいろと提案されています(紹介は省略)。

 ネオ・デジタルネイティブが大人になった頃には、世の中どうなってしまうのか、想像もつきません。いろいろと勉強になりました。

 

 「デジタルネイティブ」(Digital Natives)という言葉を最初につくったのは、アメリカの作家、マーク・プレンスキー(Marc Prensky)だといわれています。生まれたときから、ネット環境に親しんでいる若者世代のことをいいます。彼らの特徴は、

複数のタスクを同時に処理し、情報を猛烈なスピードで受け取ることに慣れている。テキストよりも先にグラフィックを見ることを好み、ランダムに情報にアクセスすることを好む。インターネットにつながっているときが最も機能する。リアルタイムに評価されることを好み、仕事よりもゲームを好む(三村・倉又『デジタルネイティブ』より引用)

なのだそうです。2006年頃でしょうか。世界的なITコンサルタント会社「ガートナー」がこのことばをキーに喧伝したのが、普及に弾みをつけたようです。

 参考文献の最初のものは、NHK特集番組制作のメイキング版といってもいいでしょう。番組は、2008年11月10日に放送されました。残念ながら、NHKオンデマンドにも収録されていませんので、中身をみることはできませんが、YouTubeに、画面の一部がアップされていましたので、紹介しておきます。

(つづく)
 

参考文献:
三村忠史・倉又俊夫・NHK「デジタルネイティブ」取材班『デジタルネイティブ:次代を変える若者たちの肖像』2009年
橋元良明他『ネオ・デジタルネイティブの誕生』2010年

 最近、電子書籍がいっせいに発売されているようですね。歳末商戦の目玉になりそうな勢いです。店頭で品定めをしてもいいのですが、いまは買う気になれないので、ネットの記事で比較したいと思います。

 ITMEDIAで、ソニーとシャープの2機種を動画で比較しているのが、参考になりそうなので、リンクを貼っておきます。
GALAPAGOSの進化を動画で確かめた(12月10日)
Sony Readerの読みやすさを動画で確かめた(11月26日)

 サイズ的には、iPadより一回り小さく、ポケットにも入るので、電車の中などでの利用シーンを考えると、上の2機種がすぐれているように思われます。あとは、(新聞、雑誌、書籍などの)品揃え(コンテンツ)次第でしょうか、、、

 けさの朝日新聞朝刊で、「日本人の情報行動」調査(代表:橋元良明・東大情報学環教授)の最新データが公表されました。調査対象は無作為抽出による13~69歳の全国2500人。そのさわり部分をご紹介します。

調査の結果、10代の自宅PCによるネット利用時間は1日に12.8分で、5年前に比べて5分あまり減少した。・・・これに対して、携帯によるネット利用時間は66.0分で、他の世代よりも長い。ただし、5年前との比較では微増にとどまっており、10代のメディア利用時間はテレビゲームやDVD、携帯ゲームなどに分散していた(朝日新聞2010年12月12日朝刊より)
日本人の情報行動グラフ2010左の図のような結果になっています(朝日新聞記事からの引用)。このようなトレンドを良しとみるか、嘆かわしいとみるか、見解の分かれるところかもしれません。テレビ視聴時間がそれほど食われていないことからみて、10代の若者は、新しいメディアとオールドメディアを巧みに使い分けるリテラシーを身につけているものと思われます。

 さきほど、スポーツジムで自転車こぎをしながら、テレビを見ていたら、偶然というか、BSハイビジョンで「チャップリン 世紀を超える」という番組を放送していました。あまりにも興味深かったので、延々1時間以上も自転車こぎをするハメに。おかげで、下半身がクタクタになってしまいました。

 帰宅後、ネットで検索してみたら、これは2006年7月14日放送の「ハイビジョン特集」(90分)の再放送だったことがわかり、「なーんだ」という感じ。ためしにNHKオンデマンドにログインし、検索してみましたが、残念なことに、公開されてはいませんでした。NHKの出し惜しみか?早急に公開をお願いしたいと思います。ジムでは、途中からしか見ていないので、ぜひ再視聴したいところです。今日の放送は、「ベストオブBS」という特集再放送の一環でした。

 忘れないうちに、そのエッセンスを映像とともに振り返ってみたいと思います。(イントロ部分はわかりませんので、省略します。放送にない部分は、ネットで検索した二次資料および私見です)

 チャップリンは、1889年4月、ロンドンの貧しい家庭に生まれ、移民としてアメリカに渡ります。10歳の頃、劇団にデビュー。1914年に映画デビューを果たし、たちまち人気を博します。1918年には、ハリウッドに自らスタジオを持ち、世界的スターに。

 1921年、『キッド』が大ヒット。故郷ロンドンに凱旋帰郷。大喝采を受けます。その巧みなパントマイムで、サイレント映画時代を代表するスターに。トーキー時代にはいっても、サイレント映画を貫き、『街の灯』(1931年)、『モダンタイムズ』(1936年)などの名作を残します。初期のドタバタ喜劇を脱し、現代社会を鋭く風刺する内容へと進化していきます。

 その頂点をなす作品が、『独裁者』(The Great Dictator:1940年)だったのです。NHKの番組でも、後半をすべて、この作品の紹介に費やしています。下の映像は、独裁者ヒトラーを象徴するもっとも印象的な場面(地球儀)です。


 
 しかし、チャップリンがもっとも訴えたかったメッセージは、最後の6分間の演説シーンだったでしょう。NHKが世界初の公開にこぎつけた、チャップリン自筆の300ページを超える台本が、この演説シーンの裏に隠された真実を明らかにしています。独裁者ヒトラーに対する最大級の批判でもある、「自由」と「平等」の訴えかけのメッセージは、ジョン・レノンの『イマジン』にも似て、「ナイーブ」と批判されたこともあるようですが、その普遍性ゆえに、まさに「世紀を超える」名場面として、永く記憶されることでしょう。YouTubeよ、永遠なれ!

 



 




こういうカメラが欲しかった!カシオから発売。旅のお供には最適でしょうね。デジカメ元祖の面目躍如か。
カシオは、屋内でも位置情報を測位可能なGPS搭載コンパクトデジタルカメラ「EXILIM EX-H20G」を11月26日に発売する。価格はオープンプライス。店頭予想価格は4万円前後の見込み(デジカメウォッチより)。

 来年春頃になれば、キャノンやニコンのデジイチにも搭載されるようになるでしょうか?期待が膨らみます。

※デジカメ第1号開発の様子は、2004年NHKで放送された「プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける」にあります。YouTubeにはありませんが、NHKオンデマンド「特選ライブラリー」にアップされています(有料)。バブル崩壊期、デジタルものづくりに賭けた男たちの執念が結実。

発売が1995年だったとは知りませんでした。というと、今年は15周年。95年は、マイクロソフトからWindows95が発売された年でもあります。やはり、特別の年だったようです。デジカメ1号機、私も買いました。いまは、どこにあるか、わからなくなってしまいました。大事にとっておけばよかった、、、
 

 「発掘あるある大事典Ⅱ」の捏造が発覚した2007年1月7日以降、調査委員会がつくられ、原因の追求が行われましたが、その中で、捏造の背景として、「制作プロダクション」の置かれている悲惨な状況が強く指摘されました。例えば、BPO(放送倫理・番組向上機構)では、2月7日、放送番組委員会の有識者委員による声明を発表。その中で、第一に「番組制作システムの問題」を指摘しています。

 番組を外部制作会社に下請けに出しているという実態については、

 

現在の番組制作においては、分業化が進んでいる。ひとつの番組が制作会社をはじめとする外部協力によって制作されることが当たり前になり、何重もの下請け化によって、実際の番組制作へのコスト面のしわ寄せなども常態化している。

 

と指摘しています。それが、番組の品質チェックを難しくしている、という構造的な問題があるとしています。

 

こうした分業構造は、広範囲にわたって、番組制作環境の悪化を招いている。外部の制作者は時間に追われて余裕もなく、時には他の仕事とかけ持ちし、十分な取材や調査が出来ないまま、番組作りが進んでいく。

 

したがって、この問題を一部の不心得のプロダクションのせいにするのではなく、放送業界全体の抱える構造的問題として考える視点が必要だ、と指摘しています。 
このような番組制作システムのもとでは、一貫した、きめの細かい品質管理を行なうことが難しくなっているのではないかと私たちは危惧している。今回の事件についても、その原因を一部の関係者の不心得に帰すのではなく、すでに放送界に定着した番組制作システムの構造それ自体の問題としてとらえる視点が必要である。
「GALAC」(ぎゃらく)2009年3月号では、こうしたプロダクションの抱える厳しい現実が詳細にレポートされています。その一部は、坂本衞さん(GALAC元編集長)のウェブサイトをごらんください

 ここ1,2年ほどの間に、Web2.0に代わって、social media(ソーシャルメディア)ということばが定着したようです。この和製英語っぽいことばは、誰が発案したのでしょうか?アメリカ人なら、Social Networkingというところでしょうけれど、勉強不足なので、調べがついていません。

 アメリカ版 ?"Social Media Revolution"というプロモーションビデオ(日本語訳つき)を見ると、、、


 しかし、この「革命」はいまに始まったことではなく、1995年を起点としていると考えた方がよさそうです。NHKオンラインの似たようなビデオクリップを見ると、それがよくわかります。これはNHKの視点ですが、、、


 NHKの視点ではなくても、1995年というのは、阪神淡路大震災でのインターネット発信活動、インターネット新聞の登場、不特定多数向けの個人ホームページの急増、など、エポックメイキング的な動きがあり、それが現在まで続く「革命」を引き起こしているように思われます。

 

 

 映画史でこの時期というと、1920年代後半に、トーキー映画が最初につくられ、1930年代に入ると、カラー映画の技術が開発されます。テレビなどに比べると、まさにドラスティックな変化がみられるわけですが、その社会的影響については、あまり語られてはいないようです。

【トーキー映画の登場】
 トーキーというのは、「フィルム上の録音帯(サウンド・トラック)に音を記録し、映写時に画面と同調させて再生する発声映画」(村山,2003)のことをいいます。それ以前は、蓄音機や楽団を用いたり、活動弁士を通じて、外から音を付加していたことはありましたが、映画それ自体に音声が埋め込まれることはありませんでした。

 ※ちなみに、『トーキー』ということばは英語でtalkieですが、これは、talking pictureの古語だそうです。電話をtelephoneといったり、テレビをtelevisionというのも、同じ造語法といえます。Carriageということばも同じです。つまり、隠喩法の一種です。

 世界初のトーキーは、1926年~28年にかけて、アメリカで登場したそうです。

 先頭を切ったアメリカでは、まず伴奏音楽と効果音を画面に同期させたサウンド版『ドン・ファン』(1926)が、ついで歌唱場面を同時録音した『ジャズ・シンガー』(1927)が世に送り出された。そして28年、遂に完全な発声劇映画『ニューヨークの灯』が登場し、以降、世界の映画はトーキーが標準形式となってゆく(村山,2003より)。
 日本では、五所監督の「マダムと女房」(1931年)が最初です。アメリカから遅れること、わずか3年ですね。

【モノクロからカラー映画へ】
 初のカラー映画には、「テクニカラー」という技術方式が使われていました。村山(2003)によれば、
 現代的なカラー・フィルム・システムは1930年代にはいるまで出現しなかった。32年、ハーバート・カルマスらが創業した「テクニカラー映画会社」が三原色を3本のフィルムに分解感光させる方式、すなわちテクニカラーを開発したことで、本格的な色彩映画の時代が幕を開ける。 
とのことです。したがって、ネガのフィルムがモノクロの3倍も必要だったということで、ハリウッドに巨大なスタジオが登場し、スターシステムが確立した30年代に花開いたことは偶然ではないでしょう。

 では、世界初のテクニカラー映画は?というと、
最初にこのシステムを採用したのはウォルト・ディズニーで、アニメーション映画『花と木』(1932)がテクニカラー映画の口火を切り、劇映画ではルーベン・マムーリアンの『虚栄の市』(1935)が第一作となった
というわけで、1932年、アニメ映画だったのです。そういえば、小さい頃、「ファンタジア」(1940年製作)というカラーアニメ映画を見たときの印象はいまでも強烈に残っています(日本公開は1955年)。

 しかし、テクニカラーの威力をまざまざと見せつけたのは、1939年製作の『風と共に去りぬ』ではないでしょうか。私自身、これまで何回となく繰り返し見て、そのたびに大きな感動をうけています。その美しいクリップ映像をYouTubeで見つけました。


  カラー技術による超大作映画という意味では、映画史上でも重要な意味をもっているわけですが、そのコンテンツが「名作」かどうかという点については、評価が分かれるようです。主演のスカーレットが嫌い、心優しいメラニーが好き、大作だが名作とはいえない、などの評価も聞かれます。私自身は、一番好きな映画の一つですが、、

 映画評論家はこの映画をどう評価しているでしょうか?佐藤忠男さんは、『世界映画史・上』の中で、4ページにわたって紹介、批評しています。少し長くなりますが、次に引用しておきたいと思います。
 この映画は1939年、大製作者セルズニックの総指揮下、当時としては空前の超大作として製作され、空前の興行成績をあげ、10部門のアカデミー賞を受けるなど、よき古き時代のハリウッドの記念碑のような豪快な大スペクタクル・メロドラマとなった。
 金持ちでありつづけること。落魄の哀傷などという気分は決して認めないこと。絶対に誰からも支配されたくないということ。これらの感情はアメリカ的精神の主要な柱であり、それを女性の立場から強烈に謳いあげたところにこの作品の格別の魅力がある。
 ヴィヴィアン・リーが、これを熱っぽくしかも気位を失わないで演じていた。クラーク・ゲイブルの磊落豪放なスケールの大きさ、レスリー・ハワードの繊細なやさしい紳士ぶりも好対照であり、なによりもメロドラマに歴史劇のような風格を与えた作品の構えの大きさがあっぱれである。プロデューサーのデビッド・O・セルズニックは、脚本家や監督を片っ端から取り替え、そのいいところだけをつないでこの作品を完成させた。プロデューサー芸術とでもいうべき作品であった(佐藤,1995より)。
 このように、肯定的な評価です。わたしもほぼ同意見です。サドゥールは、『世界映画史Ⅰ』のなかで、次のように述べています。
 1939年は有名なベストセラー小説を映画化した『風と共に去りぬ』の驚嘆に値する大ヒットで特徴づけられた。南北戦争を南部人の立場から物語っているこの豪華なテクニカラー作品は、ヴェテラン監督ヴィクター・フレミングが演出したというよりも、製作者であるデヴィッド・O・セルズニックの手腕とクラーク・ゲーブル、ヴィヴィアン・リー、オリヴィア・デ・ハヴィランドといった主演者たちのスター・ヴァリューに負う所大である。その最も優れたシーンは戦争の恐怖と荒廃を示した場面である。
 テクニカラー映画は、その後、イーストマン方式のカラー映画に凌駕されてしまいますが、最近では、デジタルリマスターでより再現力が高まるということで再評価されているようです。

 日本初のカラー映画は、1951年、木下恵介監督作品『カルメン故郷に帰る』とのこと。アメリカから20年近く遅れてのスタートでした(戦争による失われた20年?)。




参考文献:
G.サドゥール 丸尾定訳 『世界映画史』Ⅰ 1980年
佐藤忠男『世界映画史』(上)1995年 第三文明社
村山匡一郎編『映画史を学ぶクリティカル・ワーズ』フィルムアート社 2003年

テレビ朝日ニュースステーション「ダイオキシン」報道の問題
 1999年2月1日。ニューステーションで放送された「ダイオキシン汚染―農作物は安全か?」という特集コーナーで、所沢産の青物野菜に含まれるダイオキシンの含有量が全国平均に比べ、4~5倍に達する、という「環境総合研究所」のデータが紹介されました。
「WHO(世界保健機構)が去年の春に一日の摂取量っていう厳しいのを出しました。四〇kgくらいの子どもさんがホウレンソウを二〇gくらい食べるとその基準値にほぼ達してしまう、高いものを食べた場合。低いものでも一〇〇gくらい食べるとWHOの基準に軽く及んでしまうということですから、あまり安全とはいえないですね」(坂本衞氏のウェブサイトから引用)
 キャスターは、久米宏氏。出演は、民間のシンクタンク「環境総合研究所」所長の青山氏でした。
「放送の翌日から翌々日にかけて、埼玉県内の青果市場や大手スーパーの西友、イトーヨーカ堂などは、所沢産野菜の入荷を拒否。ホウレンソウを中心に、その価格は暴落した」
といったように、深刻な「風評被害」が埼玉県内の青果マーケットに広がりました(坂本衞氏ウェブより)

 所沢JA、埼玉県などは、「安全だ」とする見解を公表し、「風評被害」との見方が広がり、久米キャスターは、被害を受けた農家に謝罪しました。

 しかし、その後、所沢市でホウレンソウなどの野菜を生産する農家の36名が、テレビ朝日と環境総合研究所を相手取って、謝罪広告と損害賠償を求める訴訟を起こし、最高裁判決でテレビ朝日側が実質敗訴しました。

 Nステのような高視聴率を誇る番組での、データ誤報・誇張報道は、しばしば報道された側の「風評被害」を引き起こす場合があり、データを厳密に検証し、放送することが求められています。

 報道から裁判に至るまでの詳しい経過は、ジャーナリストの坂本衞さんが、ウェブサイトで公開していますので、そちらを参考にしてください。

参考資料:
坂本衞「Nステ所沢ダイオキシン報道 最高裁判決を撃つ!」

1992年 NHKドキュメンタリー「やらせ」捏造問題
 1992年9月、二夜連続で放送された、NHKスペシャル『奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン』が、やらせ場面を多く含んでいる、ということで、1993年2月、朝日新聞のスクープにより、大きな社会問題になりました。

 この番組では、高山病にかかったスタッフが大げさに苦しむ様子を再現させたり、故意に流砂を起こさせ、その場面を撮影したり、延々と「やらせ」場面を収録・編集し、放送したということです。なかでも、流砂の再現場面などは、人命の危険を伴う行為だけに、許されざるものといえるでしょう。

 このドキュメンタリー番組に、フリーのフォトジャーナリストとして、番組の広報用写真を提供するという条件で、「NHKスペシャル」取材班に同行した小松健一氏が、やらせの実態を現場から告発しています。小松氏は、本書を執筆した動機を、次のように述べています:

「このムスタン「やらせ」事件を多角的に検証し、一つの教訓として、今後のジャーナリズムのありかたに生かすのではなく、逆に昨今の選挙報道、テレビ朝日報道局長発言や一連の「政治改革」報道などに見られるように、国民の目を真実からそらせ、ジャーナリズムへの信頼を根底から崩してしまうような報道が、日増しに多くなっている。私がこのムスタン「やらせ」事件について、どうしても書き残そうと思い立ったのは、今日のこうしたマスメディアの状況を危惧したからである。また、問題の取材現場に居合わせた者の責任として、事実をきちんと明らかにしておかなければならないと痛感したからである。」
 やらせ番組がなぜ作られるのか、その背景についても、詳しく検討しています。NHKなのに、ディレクターは視聴率アップに汲々としている、などは公共放送として本末転倒の発想です。

「やらせ」なしにはドキュメンタリー番組はつくれない、という識者もいますが、『ムスタン』の場合に、それがあまりにも過剰だったようです。「朝日新聞」の捏造事件と同様に、送り手のメディア・リテラシー(報道倫理)が問われた事例といえるでしょう。

 なお、『送り手のメディア・リテラシー』(2005年 世界思想社)の編者である黒田勇さんは、

「視聴者に「リテラシー」が必要だと呼びかけるより前に、その委託に答えるだけ十分に受け手のニーズが理解できているのか、どのような潜在的ニーズがあるのか、どのような表現が必要なのか、などなど送り手自身が放送というメディアの社会的な役割、文脈を理解し、実践していく必要があるのではないか
と述べていますが、同感です(下線筆者)。


参考文献:
小松健一『ムスタンの真実-「やらせ」現場からの証言』1994年 リベルタ出版

ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言
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 NHKオンデマンドで、2009年12月7日放送の「日米開戦を語る:海軍はなぜ誤ったのか~400時間の証言より」をざっと視聴しました。310万人もの日本人が犠牲になった原因はどこにあったのか?軍部が過去の成功(日露戦争)におごり、組織の論理に流されたこと、マスコミの責任など、、、。国民は「催眠状態」にあったとか(半藤さんの言)。戦後生まれの私にはピンときませんが、やはりマスコミの責任がいちばん大きいのでは、と思いました。

 3人の作家の対談と、戦時中の映像、証言テープの音声を交えての構成。きのうの開戦日に見ておけばよかったか、と少し後悔。1日過ぎると、どうしても「早送り」で見てしまいます。それが、オンデマンドのいいところかもしれませんが、、、。

 「ラジオの黄金時代」で示したグラフを最新のデータで更新しました。最近では、「衛星放送」(BS)の契約者数が激増しています。

 放送受信契約者数
 図:NHK受信契約者数の推移(郵政省、総務省、NHK年鑑より作成)
 

現代の出版界は、出版社・取次・書店の三者から成っています。わが国では、出版社数が1997年をピークとして減少傾向にあります。2008年現在で約4000社、その大半が小規模で、長く続く不況から抜け出せない状態です。

下の図は、『出版年鑑2010』をもとに、書籍、雑誌の発行部数をグラフ化してみたものです。出版販売額の推移も、これとほぼ同じ傾向を示しています。月刊誌の低落傾向が顕著にみられます。

書籍・雑誌発行部数の推移
図: 書籍、雑誌の発行部数(単位:万部)の推移

今年は「電子書籍」元年とか。来年以降の、電子書籍普及の行方を見守りたいと思います。まだ、いくつものプラットフォームが乱立状態で、買ってみようという気持ちにはなれませんが、来年あたり、標準化の動きが加速されることを期待したいと思います。

 メディア・リテラシーについて調べようと思い、国会図書館のOPACで「メディア・リテラシー」というキーワードを入れてタイトル検索してみたところ、なんと50冊もの文献がヒットしました。よほど、研究テーマとして普及してきたのだなあ、と改めて感じました。

 この分野の代表的研究者だった鈴木みどりさんによれば、メディア・リテラシーとは、「市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創り出す力」のことをいいます(鈴木みどり編『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』世界思想社 1997)。

 この定義では、メディア・リテラシーの主体は、もっぱらオーディエンス(受け手)であるように思われますが、さきほどの検索では、「送り手のメディア・リテラシー」という、より広い意味でも使われるようになっているようです。

 具体的な事例をいくつか調べてみましたので、備忘録的に少し書き留めておきたいと思います。

■1989年 朝日新聞「サンゴ礁捏造記事」問題
■1992年 NHKドキュメンタリー「やらせ」捏造問題
■1999年 テレビ朝日「所沢ダイオキシン」誤報問題
■2007年 関西テレビ「あるある大事典Ⅱ」捏造問題

1989年朝日新聞「サンゴ礁」捏造問題について

 朝日新聞は、1989年4月20日(木)夕刊第1面「写'89地球は何色?」の環境シリーズ企画記事において、K・Yのイニシャルで傷つけられた、西表島沖のアザミサンゴの写真を掲載し、これに基づき、自然保護を訴える記事を載せましたが、その後の調査で、この傷は朝日のカメラマン自らがつけたものとわかり、5月20日付け、朝刊1面および3面で正式に謝罪しました。
 
  朝日新聞サンゴ礁捏造記事で謝罪報道(5月20日)600pixel
      1989年5月20日『朝日新聞』朝刊3面より

 自然保護を訴える、環境キャンペーン記事で、送り手自らが自然破壊をしていたということで、大きな反響と非難をあびる結果となりました。

 私も、当時この記事を見て、大きなショックを受けたことを覚えています。その後、朝日新聞は、どのような環境報道を行ってきたでしょうか?専門的な「環境ジャーナリスト」を養成するという努力を払ってきたでしょうか?

 この事件直後、マスメディアはいっせいに朝日の報道を取り上げ、多数の報道陣が、現地沖縄のサンゴ礁に殺到し、逆に周辺のサンゴ礁を荒らすという、「メディア・スクラム」(被災現場への取材殺到のこと)を演じました。これもまた、強く批判されなければならないと思います。

 オーディエンスのメディア・リテラシーというより、送り手のメディア・リテラシーが問われた事件といえるでしょう。

参考文献・資料:
朝日新聞 1989年4月20日夕刊1面、5月16日朝刊、5月20日朝刊
中村庸夫(なかむらつねお)『サンゴ礁の秘密』祥伝社ノンポシェット 1995年, pp.57-65

 最近話題になっているテーマとして、ウィキリークス問題があります。ウィキペディアとは何の関係もないウェブサイトです。ウィキペディアによると、「WikiLeaks(ウィキリークス)は、匿名により政府、企業、宗教などに関する機密情報を公開するウェブサイトの一つ。創始者はジュリアン・アサンジ。」とあります。アサンジ氏は、婦女暴行のかどで、きのう逮捕されましたが、その後もウィキリークスからの公的文書流出が続いているようです。なんと1000ものミラーサイトがウェブ上で公開されているということですから、先日の「尖閣ビデオ流出」事件と同様に、情報流出をとめるすべはないでしょう。ウィキリークスは、現代史を大きく変える可能性を秘めています。現代史研究者は、この事態をどう受けとめるでしょうか?今後の行方に注目したいと思います。

 12月3日、NHKオンデマンドのサービスに加入しました。「特選見放題パック」(月額945円)です。NHKは質の高い番組を数多く製作しているので、月1000円以下ならじゅうぶん元が取れるかと思ったからです。

 さっそく、「坂の上の雲」とか「おしん」など、過去の人気番組を再生しています。Nスペなどのドキュメンタリー番組にも期待していますが、見放題パックで提供している番組数は、ごく限られているようで残念です。

 きょうは12月8日。「真珠湾攻撃」の日なので、パックに含まれているNHKスペシャル「映像の世紀」で、太平洋戦争の部分を視聴と思ったのですが、この「映像の世紀」には、太平洋戦争の映像が欠落していることがわかり、またもやがっかり。この番組は、放送70周年記念番組として、「日米共同取材」により製作されたものでした。やはり、日米開戦という映像は、政治的配慮から削除されてしまったのでしょうか?それとも、映像がなかったからなのか?(そんなはずはないけれど)。不可解なところです。ユーチューブをみても、動画はなく、写真をつないだ作品ばかり。しかも、どれも「アメリカ」側の立場にたった映像でRemember Pearl Harbor!という国威発揚型、ステレオタイプ映像ばかり。

 21世紀は、テレビと映画に代わってソーシャルメディアが活躍する時代です。市民を含めて、多様な観点から「新・映像の世紀」が、いつの日か制作されることでしょう。それもNHKではなく、まったく別の組織の手で、、、

 けれども、ラジオと映画が世間の話題を独占したのは、1952~54年だったかもしれません。

 1952年、ラジオでは、「君の名は」が大ヒットし、この番組が始まると、銭湯の女湯がからっぽになる、という噂にもなったといいます。翌53年には、映画化され、岸恵子と佐田啓二が大きな話題になりました。「真知子巻き」がブームになりました。ユーチューブで映画の一場面を、主題歌とともに鑑賞してみたいと思います。

 1958年が「ラジオの黄金時代」と書きましたが、それは本当のことです。アメリカでは、1930年代がラジオの黄金時代(Radio Days)と呼ばれていましたが、日本では50年代後半までラジオが映画と並んで大衆の最大の娯楽メディアだったのです。下のグラフは、NHKの受信者数の推移を契約別にみたものです。ちょっと見にくいですが、1957~58年に、ラジオ契約者数がピークに達していることがわかります(NHK資料)。

放送受信契約者数の推移


 新聞、テレビは、まもなく消滅するというけれど、「映画」はどうでしょう。コンテンツはもちろん残るのは当然として、映画館の数とか映画を見に行く人(観客)などは、減少の一途をたどっているでしょうか?実際の統計をみると、必ずしもそうではないようです。

映画観客数の推移
      年間映画入場者数の推移(日本映画産業統計より 単位:千人)

 入場者のピークは、ラジオの黄金時代とも重なり、1958年でした。60年代は、テレビの普及に反比例して、急減しますが、70年代以降は、ほぼ横ばいを続けています。最近は、やや微増という感じです。

 これは、シネマ・コンプレックス(シネコン)が増えたためと思われます。リアルな空間で、小規模ながら、友人、恋人、あるいはひとりで、郊外のショッピングセンターにあるシネコンで、スクリーン映画を楽しむ人がけっこういるということでしょうね。空間メディアは顕在なり、か。

 最近では、シネコンでロードショーされた映画は、短期間でDVDやCATV有料チャンネルなどにまわされ、マルチユースが定着しているとうのが現状のようです。その中で、テレビや新聞は、やはり低迷を続けるのはやむを得ないところでしょうか。
映画館と観客の文化史 (中公新書)
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『映画館と観客の文化史』という本は、いろんな意味で参考になります。

2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)
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 最近読んで、おもしろかった本です。『2011年 新聞・テレビ消滅』というショッキングなタイトルがついています。2009年発売なので、来年起こるとは考えにくいですが、近未来では、あり得る話かも、、、。

 マイクロソフトのPoweoPoint 2007を2010にアップグレードするのに、なんと4時間もかかってしまいました。ノートPCの性能が悪いせいなのか?Windowsを最新版にアップデートしないと、インストールができないのが根本的な原因でした。

 ともかくも、何とかインストールに成功。2010の新機能は、MSのサイトをごらんくjださい。
http://www.microsoft.com/japan/athome/umall/office2010/function/powerpoint.aspx#02

 新機能で一番役に立つのは、ユーチューブなどの動画へダイレクトにリンクを設定し、ストリーミング再生できることでしょう。これで、改正著作権法にも対応できるようになりました。

powerpoint01



画面は黒くなっていますが、スライドショーにすると、普通にユーチューブが再生されます。ただし、livedoor blogと同じように、ブロードバンドのネットに接続されていることが必要条件です。

【操作方法】
(1)Poweroint画面で「挿入」⇒「ビデオ」のボタンを押すと、下のように、「webサイトからビデオ・・」というサブメニューが表示されるので、ここをクリックします。
powerpoint_video1

(2)埋め込みコードの挿入画面が出るので、ユーチューブの画面右下の「埋め込みコード」を押し、スクリプトをコピーします。
powerpoint_video2

(3)「挿入」ボタンを押せば、Powerpointへの画像貼り付けが終了します。
(4)「スライドショー」でプレイさせると、下のような大画面で再生できます。ただし、ネット回線スピードが遅いと、ユーチューブ再生までけっこう待たされます。プレゼンのときは、事前にどの程度で再生開始になるか、チェックする必要があるかもしれません。
powerpoint_video3


 きょうから、このブログをスタートします。さまざまなメディアやコンテンツについて、日々の感想、コメントを綴っていきたいと思います。

 このブログは、ユーチューブやニコニコ動画の映像を再生できるのが気に入りました。多様な機能を活用し、今日のメディア、コンテンツの現況、問題などを考えていきたいと思います。

 とりあえず、過日話題になったユーチューブの「尖閣流出ビデオ」を再生してみようかと思います。

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