メディア・リサーチ

メディアとコンテンツをめぐる雑感と考察

 VPN接続サービスの点では、他大学に遅れをとっているわが大学だが、授業支援のイントラネットは、かなり充実しているのではないだろうか。manabaというシステムを導入している。通称はToyoNet-Ace。

 このシステムが、この春から大幅にリニューアルされた。

ToyoNet-Ace表紙










  なかでも便利そうなのは、「出席カード」の提出システムだ。これまでは、紙の出席カードを配布→回収→エクセルに手動入力していたのだが、この新しいシステムを使えば、授業中にネットで出席の届出ができる。教員は、授業時間中に、出席カードの受付番号を示し、学生のスマホまたはガラケーから受付番号を入れてもらうというシステムだ。ほんの5分もあれば登録が完了するので、授業の妨げにはならないだろう。入力したデータは、エクセルに変換してくれるので、入力の手間が省ける。

 いまやスマホやガラケーの学生普及率が100%を超えているので、こうした出席カード提出システムが機能するのだろう。来週から初めて実施する予定だが、若干の不安と期待もある。

出席カード

 

 毎年、私の受け持っている「メディアコミュニケーション概論」の授業では、最初に「情報」とはなにか、というテーマをとりあげている。そこでまず紹介するのは、吉田民人さんとクローロ・シャノンの<情報>概念だ。吉田さんによれば、情報は宇宙を構成する3つの要素の1つだという。

 情報という概念については、いまだに広く社会的に認知された唯一の定義が存在するわけではない。そのため、単なる断片的な「データ」と等値される場合も少なくない。だが学問的には、情報は物質やエネルギーと並んで、宇宙における根源的な概念ととらえることができる。情報を効率的に処理するコンピュータなどの機械が出現したのは20世紀だが、情報そのものははるか以前から存在している。
 
 物質やエネルギーの存在は約137億年前といわれるビッグバンによる宇宙生成まで遡るが、情報が誕生したのは地球上に生命が出現した約38億年前のことである。すなわち、情報は生命現象と不可分の存在と考えられている。

 このように、情報概念を宇宙における根源要素として捉えたのは、吉田民人である。吉田が初めて情報論を展開したのは、1967年に発表した「情報科学の構想」という論文(吉田, 1967)である

 この論文において吉田は情報を4つのレベルに分けて定義している。それによると、「最広義の情報」とは、物質、エネルギーと並ぶ自然現象の根元的要素であり、「物質-エネルギーの時間的・空間的・定性的・定量的なパターン」である。また、「広義の情報」は、「<情報物質>即ち<パターン表示を固有の機能とする物質-エネルギー>のパターン」あるいは「意味をもった記号の集まり」である。「狭義の情報」とは、「広義の情報概念のうち、<伝達、貯蔵、ないし変換システムにあって認知、評価、ないし指令機能を果たす><有意味シンボル集合>」と定義されている。最後に、「日常的な情報概念」は、ふだん日常的に使われている「データ」(伝達システムの認知性外シンボル)、や「知識」(決定前提を規定しうる耐用的なデータ)と区別される概念として、<伝達されて決定前提を規定する単用的な認知性外シンボル>と定義されている。

 情報が「物質-エネルギーの時間的・空間的・定性的・定量的なパターン」だとすれば、情報の起源は、現在の宇宙が誕生した137億年前にまでさかのぼると考えることも可能である。その場合、いったい「情報」「物質」「エネルギー」のうちどれが最初に誕生したのか、それとも同時に生まれたものなのか、ということが問題になる。宇宙最初の物質は、基本的な素粒子がいくつかあったのだろう。そうした素粒子はなんらかのパターンを備えていたはずだから、情報もまた存在したという可能性がある。シャノンのつくった「ビット」という単位は、最初の素粒子の誕生とともに測定可能であったのかもしれない。

 こんな哲学めいたことを話すと、学生はきょとんとした顏をする。しかし、「情報」は、宇宙進化のどの段階でも、きわめて重要な役割をはたしてきたことは確かなので、どうしてもこういった話から始めてしまうことになる。情報の進化といえば、137億年前の「宇宙スプーン」状態の混沌とした情報(エントロピー)から、生命の誕生する40億年前の地球での「生命情報」の誕生、そして、「ビットバン」とも呼ばれる21世紀の情報革命までの歴史をたどってみるのも一興である。
 
 

VPNとは何か?

 最近では、大学の図書館で、多数のデータベースが利用できるようになっている。しかし、学外からこれらのデータベースにアクセスできる大学は、まだ限られているようだ。私の勤める大学でも、外部からのアクセスは、朝日新聞の聞蔵(1年間のトライアル)だけで、不便な状態を強いられている。

 学外から大学のデータベースにアクセスできるようにするには、VPN接続という仕組みを採用する必要がある。では、VPNとは何か?IT用語辞典によると、VPNとは、
通信事業者の公衆回線を経由して構築された仮想的な組織内ネットワーク。また、そのようなネットワークを構築できる通信サービス。企業内ネットワークの拠点間接続などに使われ、あたかも自社ネットワーク内部の通信のように遠隔地の拠点との通信が行える。

※VPNについての詳しい解説は、こちらのウェブサイトをご参照ください。

VPN’(ヴァーチャルプライベートネットワーク)


VPN接続による外部アクセスを導入している大学


 では、現状で、VPN接続によるデータベースの外部からのアクセスを提供している大学はどのくらいあるのだろうか?ネットで検索してみると、次のような大学が、VPN接続サービスを提供していることがわかった(順不同)。

・明治大学 
・ 立命館大学
・早稲田大学
・上智大学
・法政大学
・群馬大学
・同志社大学
・新潟大学
・京都大学
・専修大学
・佛教大学
・大東文化大学
・広島修道大学
・東京理科大学
・琉球大学
・神戸大学
・関西大学
・筑波大学
・山梨大学
・立命館大学
・京都大学
・東京電機大学
・東京大学
・岩手大学
・文教大学
・三重大学
・法政大学
・青山学院大学
・立教大学
・成城大学
・獨協大学
・多摩大学
・和光大学
・大阪市立大学
・ 創価大学
・高崎経済大学
・東京経済大学
・徳島大学
・東京工業大学
・東京工科大学
・鹿児島大学
・中央大学
・甲南大学
・電気通信大学
・東北大学
・九州産業大学
・明治学院大学
・奈良教育大学
・富山大学
・立教大学
・工学院大学
・名古屋大学
・横浜国立大学
・愛知学院大学
・慶応大学
・日本大学
・駒澤大学
(他多数)

 Google検索でわかった大学の一覧だが、他にもVPN接続で学外からのネットワーク接続を可能にしている大学は、多数あると思われる。 

VPN接続の具体的事例

 次に、VPN外部アクセスを利用している大学の代表例を紹介しておきたい。検索の最初に引っかかった明治大学では、次のように説明している。
VPN接続サービスを利用すると、 あなたのコンピュータが、自宅や海外など、 大学以外の場所からインターネットに接続している状態でも、 あたかも、大学内からMIND(明治大学ネットワーク)に 「直接」接続しているかのようにみなされます。 これにより、次のようなことが可能になります。
通常はインターネットからのアクセスができない、MINDアクセスレベル1や2のコンピュータへのアクセス学内ネットワークに限定して公開されている、Webページの閲覧やサービスの利用

 早稲田大学では、次のように説明されている。
自宅や外出先など、学外から早稲田大学のネットワークに接続するためには、あらかじめPCにVPN Clientというソフトウェアをインストールしてから、VPN(Virtual Private Network)接続[*1]をします。早稲田大学のネットワークは学外者からの接続を制限していますので、VPN接続をする際にはWaseda-net IDとパスワードで認証する必要があります。なお、接続されたPCは早稲田大学の学内ネットワークの一部とみなされますので、VPN接続中はメディアネットワークセンターが定める規約を遵守してください。

 また、Google検索で上位に出てきた立命館大学の場合には、次のように説明されています。
VPNとは、「Virtual Private Network」の略で、自宅や外出先などからインターネット(ADSL、光ファイバー、CATVなどの回線を利用)を使って安全にRAINBOWに接続することができます。学内の端末(マルチメディアルームや情報教室)からしか利用できない図書館コアデータベースなどRAINBOWネットワークのWebサービスがブロードバンド環境から利用できるようになります。 2008年度まではIPsec-VPNをご利用いただいておりましたが、2009年度からはSSL-VPNもご利用いただけるようになりました。
■SSL-VPN (推奨) Webブラウザが標準でサポートしているSSLプロトコルを利用した暗号化技術を用いて、学外から安全に学内のRAINBOWサービスへアクセスできるシステムです。 初めて利用する際に、自動的にSSL-VPNの利用に必要なソフトウェアがインストールされます。
■IPsec-VPN 暗号化通信方式の標準規格であるIPSecというセキュリティ技術を使って、あらゆる通信を暗号化することにより、インターネットを使って学外から学内のサービスを利用することができます。 IPsec-VPNを利用する場合は、VPNクライアントのインストールと設定をする必要があります。

 それでは、これらの大学では、どの範囲の構成員(教員、職員、、学生)にVPN接続が認められているのだろうか。また、VPNで学外からのアクセスが可能なデータベース、電子ジャーナルは、どの程度の範囲に限定されているのだろうか?この点について、ネットでわかる範囲で調べてみた。

 東京大学では、次のようなデータベース・電子ジャーナルが外部から利用できるようだ。(全部のリストは学外からは見ることができなかったので、これはその一部です)

<利用可能なデータベースの一例>
•CiNii Articles (国内の学術論文、学協会誌、大学の研究紀要が収録された論文情報データベース)
•EBSCOhost (Business Source Complete、ERIC、CINAHL Plus with Full Text、SocINDEX with Full Text など)
•JapanKnowledge+ (日本国内の百科事典・辞書 など)
•LexisNexis Academic (世界各国の新聞記事、ニュースなど)
•ScienceDirect (Elsevier社が発行する電子ジャーナル) •SpringerLink (Springerグループが発行する電子ジャーナル、電子ブック など)
•Web of Knowledge (Web of Science、BIOSIS Previews、Journal Citation Reports(JCR)、EndNote Web など)
•Westlaw (世界の判例、法令 など) •Wiley Online Library (Wiley社が発行する電子ジャーナル、電子ブック など)
•JSTOR(人文科学、社会科学を中心とする代表的な学術雑誌のバックナンバーを集積したデータベース)ほか

 成城大学の場合には、学外からはアクセスできないデータベースが、次のようにリストアップされている。
※1 VPN接続が認められていないもの 以下のデータベース・オンラインジャーナルは契約上の理由等で利用することができません。アクセス制御はサイト単位で行われておりますので、アクセス制限が無い部分も閲覧することができません。 • ヨミダス文書館
• MAGAZINEPLUS
• Web OYA-bunko
• 日経テレコン21
• Harvard Business Online
• INFORMS Pubs Online
• IngentaConnect
• International Public Management Association for Human Resouroes
• i-financial.com
• Monthly Bulletin of Statistics Online
• SpringerLink
• UIP Journals

 横浜国立大学では、次のデータベースが学外から利用可能になっている。
・CiNii Articles
・Web of Knowledge
・EBSCO host
・Gale Virtual Reference Library
・House of Commons Parliamentary Papers(19/20世紀)

 ウェブ上では、大学によって、学外からのアクセスが可能なデータベースが公開されていないケースもあるので、なんともいえないが、契約上の限定などですべてのデータベースが利用できるわけではないようだ。

 関西大学では、VPN接続できるデータベース、電子ジャーナルの全リストを公開ししているので、たいへん参考になる。
■VPN接続による利用が可能な主なデータベース
eol
大宅壮一文庫雑誌記事索引検索「Web OYA-bunko」
化学書資料館
Sankei Archives(産経新聞ニュース検索サービス)
ジャパンナレッジ・プラス
Journal Citation Reports (JCR)
JDreamII
日経テレコン21
毎日Newsパック
magazineplus
eBook Collection (EBSCOhost)
Econlit with Fulltext
LISA(Library and Information Science Abstracts) - Proquest
LLBA(Linguistics and Language Behavior Abstracts) - Proquest
MathSciNet
MLA International Bibliography
Oxford English Dictionary
PILOTS - Proquest
ProQuest Dissertations & Theses Full Text - Proques
t PsycINFO - Proquest(注1)
SciFinder
Social Services Abstracts - Proquest
Sociological Abstracts - Proquest
The Economist Historical Archive 1843-
The Times Digital Archive 1785-1985
Worldwide Political Science Abstracts - Proquest
Web of Science
Westlaw International

■VPN接続による利用が可能な主な電子ジャーナル
CiNii
日経BP記事検索サービス
ACS(American Chemical Society)publications
APS (Amecian Physical Society) Journals
Business Source Complete
Cambridge Journals
EMBO online
Emerald Fulltext
HeinOnline
IEL Online(IEEE/IET Electronic Library)
KISS
JSTOR
OECD iLibrary
Oxford Journals<br/> PsycARTICLES - Proquest<br/> RSC(Royal Society of Chemistry)Journals<br/> SciVerse ScienceDirect (Elsevier)<br/> SpringerLink<br/> Taylor & Francis Group Journals<br/> Wiley Online Library

■上記以外の電子ジャーナルについては、VPN接続による利用はご遠慮下さい。

■VPN接続による利用が不可の主なデータベース
朝日新聞記事データベース「聞蔵IIビジュアル」
JCIFオンラインサービス
法律判例文献情報
ヨミダス歴史館
LEX/DBインターネット
beck-online
Bibliography of British and Irish History
Frantext
International Medieval Bibliography
JURIS online
lexis.com

以上、関西大学のウェブサイトより


 いずれにしても、メジャーな大学のほとんどが、VPN外部接続サービスを提供していることがわかった。本学でも早急にVPN接続によるデータベース、電子ジャーナルの学外からのアクセスに対応してほしいものだ。



 最近は、グローバル化が叫ばれる中、英語学習熱が異常に高まっているようだ。近い将来、英語教育が小学校に導入されることも確実だ。4年生になる愚息も、インターネットのキッズ用英語学習サイトや、英語教材を使って、メキメキと英語力をつけている。やはり、小学校4年生くらいになると、英語の学習能力が飛躍的に高まるようで、将来が楽しみだ。バイリンガルの大人になってくれるだろうか。

 インターネット、その他デジタル技術の発展によって、英語学習もデジタル化が大いに進んでいる。昔のように、紙のテキストを買って、ラジオの英語講座の時間に合わせて英語を勉強するといった時代は、終わりつつある。デジタル機器を活用して、英語能力を高めることができるようになった。私も、いまさらながらだが、英語能力をブラッシュアップしたいと思い、オールデジタルによる英語学習を開始した。その方法をご紹介することにしたい。

 すでに別のブログ記事でも紹介したが、SONYのポータブルラジオレコーダーやKindle電子書籍、iPhoneなどを使うと、こうしたオールデジタルによる英語学習が可能になる。その手順は次の通り。

(1)ポータブルラジオレコーダーで英語講座を予約録音する

 このラジオには、自動予約録音機能があって、開始時刻終了時刻を設定すれば、1回でも、毎週でも自動的にメモリに録画してくれる。SDカードを使えば、1000時間以上もの録音ができる、というすぐれものである。

メモリ内に、番組名のフォルダを作っておけば、自動的に録音した番組をフォルダ内に保存してくれる。ファイル名には、曲名、録音日時がついているので、どのファイルにどんな番組が入っているかも一目瞭然。



(2)Sound Organizerで番組ファイルをPCに取り込む

 SDカードに保存された番組ファイルを、PCに挿入し、SONYのSound  Organizerというソフトを使って、PCの「ミュージック」フォルダに自動保存させる。

Sound Organizer

 ←Sound Organizerでファイルを取り込む

















(3)Sound Organizerに保存されたmp3ファイルにアクセス

実践ビジネス会話のmp3ファイル 
これらのファイルを、iTunesを使って、iPhoneに転送する










(4)iTunesを開き、mp3ファイルを、プレイリストにインポートする

実践ビジネス英語ファイルの転送 あらかじめ、iTunesに番組専用のプレイリストフォルダを作成しておき、ここに上のmp3ファイルをドラッグし、iTunesに番組ファイルを取り込む















(5) iPhoneに番組ファイルを転送する

 iPhoneをUSBケーブルでPCにつなぎ、ミュージックを同期させる。
iTuneとiPhoneの同期






 








 同期が終わると、番組ファイルは、iPhoneのミュージックアプリにプレイリストごとインポートされるので、プレイリストを開いて、再生させることができる。














(6)Kindleストアなどを通じて、電子書籍版のテキストを購入し、iPadやKindle端末などで、iPhoneを聴きながら、学習する。


かなりのステップを踏むが、慣れてしまえば、10分くらいでiPhoneへの転送は完了するので、CDを購入する経費が節減できる。

 さて、私の英語力はどれくらいアップするだろうか?
 

 Googleカレンダーは、それ自体すばらしいカレンダーソフトで、毎日愛用しているが、Todoの機能が弱いのが気に入らなかった。その欠点を埋めてくれ、かつ画面表示も美しいのが、Calendar 5というアプリだ。iPhone5に入れてみた。価格は700円とやや高いが、日ごとのToDo(タスク)を同じ画面で管理したいという方にはおすすめだ。

  毎日のカレンダー表示の上に、終日の「タスク」が表示され、終了したタスクは取り消し線が表示されるので、使いやすい。わざわざiPhoneのオリジナルアプリ「リマインダー」を使う必要もない。カレンダー表示は、「日」「週」「月」の3種類を瞬時に切り替えることができるので便利だ。

 このアプリのおかげで、カレンダーアプリのバージョンアップは当分の間必要なくなりそうだ。

 PCやiPadでも使えることはいうまでもない。ただし、自分にとってはiPhoneでの利用場面が多くなるだろう。 


※ Calendar5の詳しい日本語解説は、次のサイトをごらんください。

→  美しいデザインと、リマインダと統合した機能性のカレンダーアプリ、Calendars 5

タスクの表示

 左の画像は4月4日のスケジュール表です。いちばん上の行が「タスク」です。ここでは、「新入生ガイダンス」というタスクが示されています。チェックボックスつきなので、ここにチェックを入れると、タスク終了の印として、線が引かれて、色が薄くなります。










 ↓


 ブログの新規作成記事を、Twitterに投稿する場合、これまでは、手動で行っていたが、IFTTTを使うと、この作業が自動化できることがわかった。

 左の画像のいちばん上のレシピがそのための設定です。IFのあとに「RSS」のアイコンがありますが、そこに、ブログのRSS URLを入れるのがコツです。ブログのRSS URLは、ブログの「ソースコード」を開けば確認できます。

  ※次のサイトが参考になりました。
 →http://www.lifehacker.jp/2013/03/130314ifttt_tw.html
  →http://naifix.com/ifttt/ 

 最近では、各種のブログで、ソーシャルなウェブサービスと連携させるためのボタンを設置できるようになっている。わがLivedoor Blogにもそのような機能があり、その中にPocketに保存するためのボタンも含まれていることを発見。さっそく設置してみました。ブログを「あとから読んでみたい」あるいは「長期保存しておきたい」方は、ぜひご利用ください。ボタンは、各記事の下の並んでいます。

 Feedlyは、以前にも紹介したとおり、現時点で最強のRSSリーダーだと思う。とくに、PC、iPhone、iPadなど、どの端末でも使いやすいのが気に入っている。

 PC版の場合には、Feedlyの閲読ニュースをカテゴリーに分けて、整理するときにはとくに便利だ。私の場合、「ニュース」(日本語の一般ニュース)、「ITニュース」(IT/デジタル関連のニュース)、「News」(海外のニュース)、「フランス・フランス語」(フランスやフランス語に関するニュースやブログ)、「ブログ」(各種のブログ)、「英語」(英語に関するニュース、ブログ)、「写真・カメラ」(趣味の写真、カメラに関するブログ、ニュース)、といったようなカテゴリーにわけて、閲読コンテンツを分けて登録している。こうしておくと、カテゴリーごとの最新ニュースや更新ブログを一発でフォローすることができるので、効率がいい。
Feedly左の画面は、私のPC上でのFeedlyサイトである。いったん登録したコンテンツを削除したり、編集したりするのは、PCで行うのがもっとも効率がよい。

 これはと思うコンテンツ(たとえば、左側の画面でいうと、「いいとも最終回」に関する記事をPocketに落としたいと思ったら、この記事部分をクリックすると、下のような画面になる。






Feedly2
ここで、Pocket に保存するためのアイコンがあるので、これをクリックすると、この記事全文が、読みやすい形でPocketに取り込まれる。Pocketに取り込まれた記事は、オフラインでも読めるので、iPhoneやiPadなどで電波の届かないところでも、快適に読むことができる。また、長期保存したければ、「アーカイブ」に登録すれば、記事のデータベースができあがる。

  Twitterである人をフォローすると、その人の発言ではなく、その人に関連したツイートをやたらにRTする人がいる。その結果、Twitterがその人の宣伝手段と化してしまい、フォローする人にとっては迷惑に感じるというケースが少なからずあるようだ。また、同じ人から、宣伝まがいのツイートが繰り返し発信されることもある。そういった行為は、ある意味では、Twitterの利用マナーに反するともいえる。

 そんなこともあって、最近はあまりTwitterにアクセスしなくなった。その代わりとして、FeedlyというRSSリーダーを愛用するようになった。最新のニュースやブログ記事をフォローしたかったら、Feedlyだけで十分だという気がする。Feedlyで情報を収集し、気に入った記事は、PocketやRedabilityに転送すると、広告などを省いた記事本文だけを大きなフォントで読むことができるので、大変重宝している。

 これからは、世の中の最新情報収集のツールとしては、Feedly対Twitterの競争時代になるのでは、と感じている。
 
← Feedlyの画面 


 Feedly→Pocketでもう一ついい点は、長く残したい記事を「アーカイブ」として保存できるという点だ。これはTwitterではできない便利な機能だろう。 

 iPhone用アプリのFeedlyとPocketを連携すると、さまざまな最新ニュースやブログ情報を、読みやすい形でオフライン保存してくれる。Feedlyを読んでいて、気になる記事があれば、画面上の「Pocket」アイコンをクリックするだけでOK!即、Pocketに入れてくれる。記事は、好きなときに読むことができ、また保存されるので、たいへん便利だ。

 












 しかも、Pocketでは、ウェブサイトの広告などを自動的にカットし、かつ全文がすべて取り込まれる為に、Feedlyの読みづらさが解消します。まさに一石二鳥。幸せな気分でコンテンツを読み進めることができる。ぜひ一度試してみてはいかが?  

 最近のウェブサイトは、うるさい広告や本文と関連のない画像などがあふれていて、閲覧するのが煩わしく感じられることが少なくない。そんなとき、本文だけを抽出してくれるRSSリーダーがあると便利だ。そんなニーズにこたえてくれるのが、Readabilityというアプリだ。

 Feedly、Reeder、Readabilityという3つのアプリを連携させれば、最終的に、Readabilityで、本文と関連のない画像を省いたシンプルなテキスト中心のコンテンツを快適に読むことができる。Readabilityを、IFTTTでEvernoteと連結すれば、シンプルなウェブコンテンツをEvernoteに取り込むことができる。少々、手順が増えるが、ほぼ自動的な操作で実現できるので、ウェブコンテンツのデータベース構築には最適かもしれない。

 

 昨日、マイクロソフトより、iPhone用のアプリが無料でリリースされた。

・ Microsoft、AndroidおよびiPhone版「Office Mobile」を無料公開 編集も可能

 さっそく、自分のiPhoneにインストールしてみたが、使い心地は上々だ。無料というのはありがたい。簡単な編集はできるし、新規文書の作成もできる。作成した文書は、OneDriveのクラウド上に保存される。私は、OneDriveをふだんから多用しており、仕事上の文書もOneDriveに保管しているので、このアプリは実にありがたい。

 














 ふだん書いているLivedoorの内容を、Everrnoteに自動転送できるアプリとして、IFTTTがある。このブログをRSSに登録しておけば、IFTTTを使って、Feed→evernoteに転送することができる。これは、超便利、万能のアプリ連携アプリだ。

 
 詳しい使い方は、次のサイトを参照されたい。
 
 ・ 【保存版】これさえ読めば大丈夫!今話題の『IFTTT』の使い方を分かりやすく解説するよ

 
 

 ・作りながら覚える「IFTTT」レシピの使い方活用講座!(全5回)





 ちなみに、私が現在設定したレシピは、次の画像のようになっている。応用範囲はもっともっとありそうだ。

 このブログを書いているLivedoor Blogには、Flickr上の写真を取り込む機能がついている。そのための方法をメモしておきたい。

(1)iPhoneの画面キャプチャ機能を使って、「ホーム画面」をキャプチャする













(2)フォトアルバムを開き、キャプチャした画像を開き、画面左下のアイコンをクリックする















(3)アップロード先として、Flickrを選択し、「公開」の設定をする。画像のタイトルを入れて、「投稿」ボタンをクリックする















 以上の操作で、キャプチャした画像がFlickrの指定したフォルダにアップロードされる。あとは、Livedoor BlogでFlickr取り込みボタンを押すだけ。

 画像を「公開」の設定にしておかないと、ブログからFlickrのオリジナル画像へのアクセスができないので、注意が必要だ。ブログに載せる画像は、公開されるわけなので、Flickrでも「公開」の指定にするのが自然だろう。 

 インターネット上には、実に多くの英語学習サイトがある。それもほとんどが無料で提供されている。たとえば、フランス語の学習サイトと比べてみれば、その数の多さは歴然としている。それだけ、英語という言語の学習が、世界中の人々にとって必要不可欠なものとなっているということだろう。

 たとえば、VOA Learning English というサイトは、生きたアメリカ英語を学ぶのには最適のサイトだ。

VOA Learning English

   いまや、ウェブサイトだけで、英語力が格段につくという時代になっている。これを利用しない手はないだろう。

 結局、この2日間で、2種類のすぐれたライフログのアプリに出会うことができた。一つは、「iライフログ」、もう一つは「僕の来た道」だ。この2つを併用すれば、完璧なライフログが実現できるだろう。

 iライフログは、生活行動の「時間」と「行動内容」をカバーすることができるし、「僕の来た道」は、行動の地理的な空間をカバーすることができるというわけだ。

 どちらのライフログも、Evernoteと連携しているので、すべてのログをEvernoteに記録、保存することができる。この二つのアプリを活用すれば、ライフログに関する調査なども実施することができるのではないだろうか? 

 ちなみに、3月20日、 株式会社電通国際情報サービスのオープンイノベーション研究所が、「ソーシャル世代の行動特性を分析するライフログ解析実験を開始した」というニュースが流れた。これからは、ライフログに関するさまざまな調査が、スマホのアプリを使って行われるようになるだろう。それによって、デジタルネイティブの生活行動にかんする実態がより正確に把握できるようになることだろう。

ISID、ソーシャル世代の行動特性を分析するライフログ解析実験を開始
~海外旅行中の高校生を対象に、ソーシャルコンテンツと行動意思決定の関連を検証~
 

 Yahoo!から出ている「僕の来た道」というライフログ関連のアプリをインストールしてみた。1日の滞在場所、時間、移動経路などを記録してくれるアプリだ。iライフログとどう使い分けたらいいかわからないが、きょうからさっそく両方を使って、ライフログを充実したものにしたい。詳しくは、実際に使いこんだ時点でご紹介したい。とりあえず、参考になるサイトは、次のところです。

僕の来た道

 
いまこのブログを羽田空港で書いている。これから、「第3の故郷」である松山に向かうところだ。「僕の来た道」のログを見ると、次のようになっていた。


  飛行機の中では、電源を切らなくてはならないので、不連続になるのは致し方ないが、到着次第、ログを再開するつもりだ。ともかく、これまで使った感想では、とてもすばらしいアプリだという気がする。メモを随所で自由に入れることができるのは、ライフログのアプリとlして、すばらしいと思う。これらの記録は、地図つきで、Evernoteに自動保存される。これも、あとから振り返るのに便利な機能だ。








 Evernoteの保存ログは、次のようになっている。ちゃんとルート込みの地図も添付されている。

 

 Googleカレンダーと同期して使う「超・整理手帳」のiPhoneアプリを、評価のために購入してみた(600円とお高い)。iライフログ+Googleカレンダーと比較して、どんなメリットがあるのだろうか?

まだ使いこなしているわけではないが、「一覧性が高い」という点を除いては、 とくにメリットは感じられない。その一覧性にしても、画面のフォントが小さすぎて、読みづらい。フォントの大きさを変えられない。2週間のビューと1日のビューの切り替えがスムーズにできない。

 これで、600円という価格はあまりにも高すぎはしないだろうか?なによりも、Evernoteと連携していない、という点が致命的な欠点だ。当面は、2週間ごとのスケジュールの「ビューアー」として試用を続けてみるつもりだ。

参考サイト:

超・整理手帳for iPhone オフィシャルサイト



 昨日、iPhone用のアプリ「iライフログ」をインストールした。使ってまだ二日目だが、これは究極の「ネット日記」ではないかと感じている。1日24時間にしたことを、逐一ログとして記録してくれるアプリだ。生活行動の種類をカテゴリー化し、アイコンで表示してくれる。カテゴリーは、自由にカスタマイズできるので便利だ。ある行動を開始するたびに、カテゴリーを選んで、ログを開始する。行動の内容は、「コメント」機能を使って記述することができるので、ふつうの日記と同じようなコンテンツを作ることができる。行動が終わると、「終了」をチェックし、終了時間を入れる。終了時間の指定も簡単だ。これを保存していくと、どんな行動をいつからいつまで、どのくらいの時間かけて行ったかが、一目瞭然にわかるので、「振り返り」にはもってこいだ。たとえば、さきほど、気分転換に「ネット囲碁」をしたのだが、1局で55分もかかったことがわかり、「これからは1日1局におさえよう」という気持ちになった。そのあと、昼食をとったのだが、終了して記録をとってみると、わずか10分で済ませていることがわかった。「早食い」の実態が明瞭に示されている。

 iPhoneで記録したiライフログの内容は、連携の設定をしておけば、Evernoteに 自動的に保存されるので、非常に便利だ。行動をしている最中に撮った写真も、Evernoteに自動的に保存される。また、GPSをオンにしておけば、行動をしている場所の地図も合わせて保存してくれる。

 このアプリを使えば、「生活時間調査」のような行動実態調査にも使えるのではないだろうか?

 問題は、プライバシーに属する個人情報そのものを記録するわけなので、iPhoneをなくした時の不安はある。まあ、パスワードでロックされているのだから、大丈夫とは思うが、、、

 ちなみに、このブログを更新するのに、約13分かかったことが、iライフログで示されている。ブログ更新には、それほどの時間はかからないということが分かった。














 

 書斎用のオフィス用チェアがなかったので、腰痛対策として、エルゴノミクスのチェアを購入することにした。デパートのインテリア売り場にいくと、いくつかのオフィス用チェアがあり、その中に、一つだけ、エルゴノミクスのチェアがあったので、試しに座ってみた。背中の部分が2つに割れており、これが腰にベストフィットしてくれ、腰の痛みが和らぐ感覚で気に入った。定価は39800円となっている。かなり高い。iPadでネットに接続し、アマゾン通販サイトで検索したところ、31500円となっており、8000円も安く売っていることがわかった。そこで、お店では買わず、帰宅後にネットで注文した。自宅への配達料は無料で、あす中に配達されるというので、いまから楽しみだ。

 ちなみに購入したのは、ドイツ製のDUOREST(デュオレスト) DRシリーズ チェア ブラウン DR-7501SP(ABN)














 最近は、このように、リアル店舗では実物を手でふれて、性能やデザインなどを確かめるだけで、実際にはネット通販で購入するという人が激増しているようだ。家電量販店では、このような「ショールーム化」対策として、ネット通販価格を提示すると、同じ価格まで値引きして販売するところが増えているようだ。今週、家電量販店のY電気で購入したポータブルラジオレコーダーも、同じ方法で値引きしてもらい、購入した。それだけ、リアル店舗は、ネット通販対策を強化しているということだろう。今回のチェアーは、デパートで見たので、値引きは無理と判断し、ネット通販にしたのであった。リアル店舗の「ショールーム化」は、確実に進んでいるようだ。 

 取扱説明書というのは、とかく紛失しがちだ。背表紙がついていないことがその大きな原因の一つだ。しかし、幸い、最近では、製品の取扱説明書がネット上でPDFの形で無料で提供されている場合が多い。これをダウンロードし、Evernoteに取り込んでおくと便利だ。PCにダウンロードしておき、Explorerで保存フォルダを開き、PDFファイルにマウスをあてて、右クリックし、「送る」→「Evernote」とすれば、取扱説明書のPDFをEvernoteに転送することができる。こうして取り込んだPDFファイルは、iPadなどのタブレットで開くと、とても読みやすい。

 PDF_evernote

 最近、同僚から耳寄りな話を聞いた。バスの運行状況をリアルタイムで教えてくれるウェブサイトがあるというのだ。都バスの場合、路線と停留所を指定すると、いまバスがどこを走っていて、何分後に到着するかを教えてくれるというのだ。

 さっそく、検索エンジンで調べてみたところ、確かに「都バス運行情報」という公式サイトがあり、リアルタイムでバスの運行状況が検索できるようになっていることがわかった。たとえば、私がよく利用する「駒込→秋葉原」の路線をみると、 いま運行しているバスが、どのあたりを運行しているかを、アイコンで表示してくれる。

 ・都バス運行情報サービス

  問題は、ふだん持ち歩くスマートフォンで使えるかどうかだ。残念ながら、いまのところ、運行状況をリアルタイムで検索できるアプリはないようだ。なので、iPhoneの場合、サファリで「都バス運行情報」サイトの自分がよく利用する路線のページを「ホーム画面にはりつける」機能を使って、ホーム画面上のアイコンで登録させ、必要なときに、このアイコンを使って、検索する他はなさそうだ。都バスだけではなく、小田急バスなど、運行状況をリアルタイムで提供しているウェブサイトはいくつもあるようなので、必要に応じて、ホーム画面にはりつけてはいかがだろうか?

 そのうちに、スマートフォン用のアプリも開発されることだろう。それを楽しみにしよう。

(注) これと似たスマホ用アプリに「バスナビタイム」というのがあるが、「バス接近情報」に対応している路線が、都営バス、京王バス、西鉄バスに限られているのと、有料なのが残念だ。 

 最近では、スマートフォンでラジオを聴けるようになった。NHKは「らじるらじる」で、民放は「radiko」のアプリを入れれば、そのエリアのラジオ放送を聴くことができる。また、TuneIn Radio というアプリを入れると、世界中のラジオ放送を聴くこともできるのだ。まさに、ラジオはインターネットによってよみがえりつつあるといえるかもしれない。

 しかし、残念ながら、インターネット上のラジオ放送を予約録音する機能は、これらのアプリにはついていない。TuneIn radio には登録した番組を直前にアラームで知らせてくれる機能はあるが、自動的に予約録音してくれる機能はついていない(かつてはあったらしいが、いまはないようだ)。

 そこで、いろいろとネットで調べた結果、ソニーから「ポータブル・ラジオ・レコーダー」(ICZ-R51)という製品が販売されていることがわかった。これを買えば、予約番組録音してくれるのだ。

 ラジオレコーダー 定価は、アマゾン価格で1万4260円。やや高いが、自動予約録音してくれるという機能は、きわめて便利だ。さっそく、昨日、池袋のヤマダ電機で、アマゾン価格で購入してみた。

 予約したい番組をディスプレイ上で指定し、予約ボタンを押すだけで、簡単に予約録音設定できる。各種のボタンが大きくて、わかりやすい。

 本体に8GBのメモリーが内蔵されており、本体メモリだけで、約357時間の番組を保存することができる。さらに、メモリーカードを差し込めば、録音時間はもっと長くなる。最大32Gbのカードまで対応している。私の場合、手持ちの16GBのSDカードを入れて使っている。

 ラジオの語学番組は、早朝とか午後に多いので、まだ起きていなかったり、仕事中の場合が多く、これまでは敬遠していたが、このレコーダーのおかげで、ラジオの語学番組をフルに活用できるだろう。

 このレコーダーのもう一つのメリットは、パソコンに音声を取り込んで、CDをつくったり、iTunes にインポートすることによって、iPadやiPhoneなどのスマホ、タブレットでも聞けるという点だ。つまり、パソコンを介して、デジタル端末でも聴取することができるのである。

 パソコンと接続すると、新しいフォルダをつくったり、フォルダを編集することが可能になる。これで、録音する番組ごとのファイルをつくって、情報の整理をすることができる。予約録音時にフォルダ名を指定できるので、録音した番組を容易にみつけることができて、とても便利だ。録音されたファイル名にも、自動的に録音日時が付与されるので、番組を簡単に探すことができる。まさに、至れり尽くせりのサービスだ。

 ポータブル・ラジオ・レコーダーによって、テレビの録画機と同じ、タイムシフト再生が可能になったわけで、まさにデジタル時代のラジオにふさわしいニューメディアが誕生したといっても過言ではないだろう。

※ 録音した番組や音楽をiPhoneやiPadで再生する方法についてのメモ:

 今回紹介したポータブルラジオレコーダーは、32GBのメモリーカードを挿入すれば、最大1400時間くらいの番組を保存しておけるので、これ単体で十分だと思うが、録音した番組をiPhoneなどに入れて持ち歩きたいというニーズもあるかと思う。そのための方法は、同梱のSound OrganizerというソフトをPCにインストールすることで実現できる。その手順は次のとおり。

(1)このソフトを立ち上げ、ポータブルレコーダーを付属のUSBケーブルでPCに接続する(または、メモリーカードをPCに差し込む)
(2)Sound Organizerの右側画面に表示された番組を左側のPCに転送する。転送するとき、自動的にmp3ファイルに変換してくれる
(3)iTunesを起動する
(4)PC内の\Users\XXXXXX\Music\Sound Organizer\番組名\日付_時間_番組名.mp3にアクセスし、iTunesにドラッグする

 これで、録音した番組や楽曲をiTunesに転送することができたので、あとは、iPhoneをUSBケーブルでPCに接続し、iTunesからiPhoneに転送すればよい。

 iTunes では、番組専用のフォルダを作成しておくと、番組や楽曲の管理が効率的に行えます。


 

 iPhoneでスケジュール管理をしたい場合、これまではLifebearというアプリを使っていたが、どうも使い勝手が悪い。グーグルカレンダーとの同期がうまくいかない、ということで困っていたのだが、iPhone用アプリ「ジョルテ」の存在を知ったので、さっそく使ってみることにした。

  jolteこれは、なかなか使いやすいアプリだ。グーグルカレンダーと同期してくれるのが、最大のメリットだ。パソコンでグーグルカレンダーをいじれば、その変更箇所は、すぐにジョルテにも反映される。その逆も真なり。

 ジョルテを使えば、スケジュールの登録も、非常に手軽にできる。時間設定などは、グーグルカレンダーよりも使いやすい。これからは、ジョルテとグーグルカレンダーでスケジュール管理をすべて行うようにしたい。

 ただし、スケジュールに関連した情報をアプリやソフトにぶちこんでおきたい場合には、やはり、OneNoteとかEvernoteなどがまだ威力を発揮するので、この両方のクラウドを使い分けるのがいちばん賢いやり方だろう。 

 ScanSnapを使って本を自炊し、それをevernoteに保存するときに注意すべきことが一つある。薄い雑誌などの場合なら、ScanSnapでスキャンしたあと、「evernoteに保存する」メニューを選べば、自動的にOCR機能が働いてテキスト認識可能な形で保存してくれるので便利だ。しかし、厚い本の場合には、何回にも分けてスキャンしなければならないので、スキャンしたものをそのままevernoteに保存すると、困った事態になる。

 というのは、複数のファイルに分けてevernoteに保存した文書を「マージ」することはできても、PDFファイルを一つに「結合」する機能がevernoteにはないからである。したがって、分厚い本の場合には、いったんスキャンしてできたPDFファイルを、ScanSnap Organizerにある「検索可能なPDAファイルに変換」機能を使って変換する必要がある。その上で、Acrobatを使って、複数のファイルを「結合」し、結合したファイルをevernoteの「ノート」画面にドラッグして保存する、というのが正しい方法である。

 なお、ScanSnap OrganizerのOCR機能は、多言語に対応しているので、その点でも、evernoteのOCR機能よりもすぐれているといえる。

 数年前に、evernoteを導入したことがあったのだが、そのときは、どう使ったらいいか分からず、立ち消えになっていた。

 しかし、昨日、iPhone5とiPad miniにevernoteをインストールし、evernoteのハウツー電子書籍をみながら、
いろいろと試してみると、実に超多機能で便利なツールであることがわかり、正直、感動した。

 ちなみに、いまこれを書いているlibedoor blogの記事も、evernoteと連携すれば、evernoteで作成したドキュメントを、簡単に投稿できるという機能があることも発見。さっそく試してみたい。

(以下は、evernoteのノートを本ブログに挿入したもの。画像も一緒に挿入できるので、超便利!)


これは久しぶり(4年ぶり)にevernoteをつくっているところです。
scan snapとか、自炊したファイルなども入れながら、膨大なデータベースを構築していきたいと思っています。

文字をセンタリングする

kindle&iPadmini.jpg

大きいな文字にするのも自由自在

 以前のブログで、「メディア構築主義」という言葉に触れたが、その定義をここでもう少し明確にしておきたいと思う。

  情報は、なんらかのメディアを媒介することによって、われわれによって知覚、利用可能なものになり、それゆえ、われわれにとって有用なもの、あるいは有害なものとなる。

 メディア開発者(技術、アーキテクチャ)、メディア販売者(マーケット、利害関係)、メディア利用者(ニーズ、リテラシー)、メディア規制者(法制度、規範)の4つの構成要素たる「メディア主体」が、メディア・エコシステムを作り上げている。これらの構成要素の間の相互作用を通じて、情報メディアは進化し、また、個人や組織に大きな影響を及ぼす。これが、「メディア構築主義」の主張する基本的な点である。この4つを図解すると、次のようになる。

メディア構築主義の構成主体ミニ
メディア構築主義の基本モデル



 このメディア・エコシステムは、構成要素の間での絶えざる相互作用を通じて、共進化し、共存共栄をめざして、その銀河系が広がりつつある。その際に、隠れた真の主役はといえば、実はそれは、メディアに乗って流通する「情報」そのものである(「情報のメディア戦略考」を参照)。情報には、「良い情報」(有益で人々を幸福にする情報)と、「悪い情報」(有害で人々を不幸にする情報)とがある。共存共栄するエコシステムでは、「良い情報」の流通が卓越し、有害情報は最大限に規制される。これに対し、腐敗堕落したエコシステムでは、有害情報が卓越し、よい情報は淘汰される(例:ポルノ情報や犯罪情報、流言デマなどが溢れたメディアエコシステム。「悪貨が良貨を駆逐する世界」)。


 これは生体内のウィルスの場合にもいえる。善玉ウィルスが悪玉ウィルスを制御する限り、生体は健康で幸福な状態を保つことができるが、悪いウィルスが支配するときには、生体は病に冒され、最悪の場合には、死に至る。


 メディア・エコシステムのあり方は、個人や組織の生存や幸福、健全な発展にとって死活問題になるほど重要な働きをするものである。これが、メディア構築主義の考え方だ。ちょうど、人間の脳神経システムのあり方が、人間の生存や健康、幸福に大きな影響を与えるのと同じことだ。それは、決して「技術決定論」の亜種などではないことに注意すべきである。

 以上の図式は、ローレンス・レッシグ教授の「コード」図式を参考にしたが、基本的な考え方はかなり異なっている。私の提案する図式は、あくまでも「メディア構築主義」のモデルであり、「メディア主体」間の相互作用と、それを通じての「情報」の進化過程を理解することが目的である。ただし、最終的な目的は共通するものがあり、両者ともに、サイバースペース上でのコミュニケーションの健全な発展と主体間の共存共栄をはかるという点にあることはいうまでもない。

バックミラー


 マクルーハンは、「われわれはまったく新しい状況に直面すると、つねに、もっとも近い過去の事物とか特色に執着しがちである。われわれはバックミラーを通して現代を見ている。われわれは未来に向かって、後ろ向きに進んでゆく」と述べている。これは、メディアの進化に関してどのような意味をもっているのだろうか?メディアの歴史をたどってみれば、その例はいくつでも見つけることができる。例えば、
電話は最初「話す電報」と呼ばれていた。自動車は「馬無し馬車」、ラジオは「無線機」という具合だ。どの場合においても、バックミラーの直接的な影響は、新たなメディアの最も重要かつ革命的な機能を部分的に不鮮明にするものだった。・・・マクルーハンは、旧いメディアは新しいメディアのコンテンツになり、そこで新しいメディアと誤解されるほど顕著にその姿を現わすことになることを指摘した。これはバックミラーの解釈の一つで、私たちの注目を前方から来て目の前を通しすぎたばかりのものへと向け直すものだ。・・・例えば、彼のグローバル・ヴィレッジという概念もまた、もちろんそれ自体がバックミラーだ。つまり、新しい電子メディアの世界を古い村の世界を参考にすることによって理解しようという試みだった。

 「ウェブは、新旧のいろいろなことを新しい方法で実証できる場であり、バックミラーの紛れもない宝庫だ」と著者はいう。例えば、インターネットでリアルオーディオを聴くとき、それをラジオと考えることもできる。インターネットで調査するとき、それは図書館を利用しているかのようだ。オンラインのチャットルームは、カフェと同じようなものだと感じる。

 しかし、バックミラーというメタファーは、しばしば新しいメディアと過去のメディアの相違点を目隠ししてしまう場合がある。例えば、キンドルのリーダーで本を読んでいるとき、それを落としてしまって、壊してしまったとすると、もはやそれは書籍ではなく、ただのジャンクと化してしまう。紙の本なら、ほんの少し汚れるだけで済むだろう。朝日新聞デジタルをiPadで読んでいるとき、それは紙の新聞のイメージとほとんど変わらないが、やはりメディアとしては別ものである。「紙面ビュー」という発想自体が、「バックミラー」の実現という意味を含んでいる。それは、電子化された「紙面」なのだ。だからといって、それを否定するわけではない。読み慣れた紙面をパソコンの画面やiPadで再現するというのは、旧メディアに慣れ親しんだユーザにとってはありがたいサービスだ。大切なことは、同じ「紙面」といっても、その機能、性質は新旧メディアの間で異なることを認識することだろう。そのメリットとデメリットをしっかりと把握しつつ、新旧メディアを適切に使い分けることが大事なのだ。
 どのようなメディアにも欠陥があり、その欠陥を補うように、あるいは克服するようにして、新しいメディアが発明され、普及してきた。これを著者は「治療メディア」の進化と呼んでいる。
 メディアの相対的な進化は、まず最初に視聴覚という生物学的な境界線を越えてコミュニケーションを拡張するメディアを発明することで想像力の切なる願いを満たし、次に、最初の拡張で失われた自然の世界の要素を再び取り戻すための試みであると考えることができる。こうした視点からみると、メディアの進化全体が治療だろ考えられる。そしてインターネットは、新聞、本、ラジオ、テレビなどを進化させたものなので、治療メディアの中の治療メディアだといえよう」(p.295)

 インターネットそれ自体、現在では、数多くのメディアの複合体となっており、その内部で「治療的」な進化を続けているといえるだろう。マクルーハンのことばでいえば、「内爆発」を起こしているのだ。その内部的な進化の過程は、他の旧メディアを巻き込みながら、次第に大きな「銀河系」を形成しつつあるといえるだろう。そのプロセスは、本書の最後で取り上げられている、「メディアの法則」によってある程度解明できるかもしれない。

メディアの法則


 マクルーハンが遺した最後のアイデアは、4つのメディアの法則(あるいは影響)だった。つまり、「拡充」(amplification)、「衰退」(obsolescence)、「回復」(retrieval)、「逆転」(reversal)という「テトラッド」である。
マクルーハンのテトラッドは、いずれのメディアに関しても、次の4つの質問をする。
(1)そのメディアは、社会や人間の生活のどの側面を促進したり拡充するのか。
(2)そのメディアの出現前に支持されていた(あるいは傑出していた)どの側面をかげらしたり衰退させたりするのか。
(3)そのメディアは何を衰退の影から回復させたり再び脚光を当てたりするのか。
(4)そのメディアは自然に消えたり可能性の限界まで開発されたりするときに、何に逆転したりひっくり返ったりするのか。

 具体的な例として、著者は、ラジオとテレビをあげて、こう説明している。
 ラジオは人間の声を瞬時に拡充して遠距離を超えて大勢の聴衆に届け、重大ニュースの第一報を新聞の「号外」ではなくラジオで聴いたりするように、マスメディアとしての印刷物を衰退させ、印刷物によってほとんど衰退していた町の触れ役を復活させ、聴覚的なラジオは限界に達した時に視聴覚に訴えるテレビへと逆転させる。
 テレビは視覚を拡充することによってラジオを衰退させ、印刷物の可視性がラジオによって衰退させられらたのとはまた違った方法で視覚を回復する。テレビの視覚の回復は新しい種類のもので、依然の視覚と現在の電子の特性をまったく異なるかたちで異種交配したものだ。それが限界まで表現されると、テレビ画面はパソコンの画面に逆転する。 

 それでは、インターネット時代のメディアは、どのようなものへと進化するのだろうか。その進化の方向性を決めるのは、人間のニーズであり、理性的な選択だと著者は考えているようだ。それは「治療メディア」のはたらきであり、それがマクルーハンのメディア決定論を逆転させる。
 インターネットと、それによって具体化され実現される現代のデジタル時代は、大きな治療メディアであり、それ以前に生まれたテレビ、本、新聞、教育、労働パターン、そしてほとんどすべてのメディアとその影響の欠点を逆転させたものなのだ。これらの救済の多くは、テレビの儚さを治療したビデオほどには、故意で意図的なものではなかった。しかしこれらが新しい千年紀において集中したことや、以前のメディアが持つ多種多様な問題を連携良く支援していることは決して偶然の一致なのではない。・・・デジタル・コミュニケーションによって強化された理性の働きの下では、すべてのメディアはいつでも手軽に治療できるようになる。(p.331)

 ある種、楽観的なメディア進化論のように見えるが、もちろん、危険な側面もあることは、著者も指摘する通りである。これ以上の内容については、本書を実際に手にとってお読みいただければと思う。

 なお、著者のPaul Levinson氏の経歴については、Wikipediaに詳しい。Connected Educationは、Wikipediaによると、1985年から1997年まで存続していたが、その後の経緯は明らかではない。若い頃は、ソングライターやレコードプロデュサーなどをしていたり、現在では大学教授などの傍らSF小説を書いたりと、多彩な活動を展開している方のようだ。 

デジタル・マクルーハン
 気鋭のマクルーハン研究者である、ポール・レヴィンソンが1999年に出版した、『デジタル・マクルーハン』(NTT出版, 2000)。若干の私見と最新動向を交えながら、そのエッセンスを紹介しておきたい。現代のメディア論を理解する上で、いまでも基本的な文献だと思われる。

 レヴィンソン氏は、ニューヨーク大学で「メディア・エコロジー」を学び、博士号を取得している。したがって、メディア・エコロジーの視点から、マクルーハンを解説し、それをデジタル・メディアに応用したのが本書だといってもいいだろう。

  本書は15章から構成されているが、各章は、マクルーハンの唱えた有名なキャッチフレーズや法則について、わかりやすく解説するとともに、それをデジタル時代に読み替えたものとなっている。では、第3章以下、章ごとに内容を紹介していきたいと思う。

メディアはメッセージである


 いうまでもなく、これはマクルーハンの理論でもっとも有名なキャッチフレーズだ。レヴィンソンによれば、
その基本的な意味は、どのようなコミュニケーション・メディアであれ、そのメディアによって伝達されるコンテンツよりそれを利用する行為自体のほうがはるかに大きな影響力を持ち、例えばテレビを見るという行為はテレビ番組やその内容より重大な影響を私たちの生活に与え、電話で話すという行為はその会話の内容よりも人の暮らしに革命的な変化をもたらすということだ。

 これが一部の人々に「コンテンツ」を否定するものと受け取られてしまった。マクルーハンの意図は、われわれの意識をコンテンツからメディア自体に移そうとした点にあった。それは、「コンテンツにばかり気を取られていると、メディアとその周辺すべてのものに対する理解や認識が阻害されてしまうと考えていたからだ」。どのようなメディアも、そのコンテンツは、実は旧来のメディアなのだ、ともマクルーハンは言っている。
 いずれのメディアも他ならぬそれ以前に台頭していたメディアをコンテンツとし、その結果古くなったメディアは以前の粗野で目に見えない状態から飼い慣らされ、ようやく全体像を私たちの前に現わすようになる、ということなのだ。

 映画のコンテンツは小説であり、テレビのコンテンツは映画やラジオの連続ドラマやクイズなどである。それでは、ウェブのコンテンツとなるメディアは何なのだろうか?それは、「ひとつにとどまらず複数のメディアだ」というのが回答である。なぜなら、「ウェブはそのコンテンツとして、ラブレターから新聞までの書き言葉に加え、電話、ラジオ、テレビの一種とでも言うべき音声つきの動画まで取り入れているからだ」(p。76)。ひとことでいえば、ウェブは「マルチメディア」なのである。なかでも、「書き言葉」という共通要素があることを筆者は強調している。さらに、「ユーザーはインターネットのコンテンツだ」とも主張している。なぜなら、「インターネットのコンテンツとなるのは旧いメディアばかりではなく、利用するごとにオンライン上でコンテンツを創り出す人間のユーザーもそうなのであり、そこが他のマスメディアと違う点とも言えるだろう」(p。77)。実際、マクルーハン自身、テレビについて、「ユーザーはコンテンツである」と語っていたそうである。

 これだけでは、「ユーザーがコンテンツ」ということばの意味はわからない。レヴィンソンによれば、ユーザーをコンテンツとするマクルーハンの考え方から、少なくとも三段階の階層構造が浮かび上がってくるという。
(a)人間が眼前に現われるものすべてに対し、込み入った解釈をすることで、すべてのメディアのコンテンツとなる段階、
(b)知覚した人間が、ラジオやテレビなどの一方通行の電子メディアを「通じて」移動し、そこでそのメディアのコンテンツとなる段階、
(c)話し手である人間が電話などの旧いインタラクティブなメディアのすべてのコンテンツを、またインターネットの場合はほとんどのコンテンツを文字通り創造する段階(ッp。79-80)

 さらに、インターネットは、「人間の会話が介在していない時は、テレビの流儀に従って映像を、また印刷の流儀に従って映像を、また印刷の流儀に従って書き言葉を表現するものなので、前記の階層構造の全段階を包括し、人間がコンテンツを決定する過程において、それまでのすべてのコンテンツを完成させたものである」という。
 実際、最近のインターネットTVや、ネット上の電子書籍、電子新聞などは、まさに、旧来メディアをすべて包括した完成形という印象を受ける。

 それでは、インターネットで電子新聞を読む場合、コンテンツはその新聞なのか、ニュースの言葉なのか、その言葉で表現されたアイディアなのか、、、それともすべてがコンテンツなのだろうか?そのおおもとをたどると、最古のメディアである、「話し言葉」に行き着くだろう。いいかえると、「個々の新しいメディアは旧いメディアをコンテンツとして取り入れていて、そのために最古のメディアである話し言葉は、それ以降に誕生したほとんどすべてのメディアの中に存続しているということが分かってくる」。

 例えば、
・表音文字は話し言葉の音を視覚的に表記したものだ、
・印刷機は本や新聞、雑誌などにアルファベットを大量生産したものだ、
・電話、レコード、ラジオはいうまでもなく話し言葉を伝達する、
・サイレント映画は言葉を視覚的におおげさに表現したが、トーキーになって、文字通り話し始めた、
・その映画はテレビのコンテンツになった、
・そして、前記のすべては急速にメディアの中のメディアであるインターネットのコンテンツになりつつある。

 最近普及し始めた、「電子新聞」や「電子書籍」は、「メディアはメッセージである」ということばでどう捉えるべきだろうか?朝日新聞や日経新聞は、電子版で「紙面イメージ」を採用し始めたが、これは、インターネットの中に紙の新聞イメージを取り込んだものである。それは、ニュースサイトで読む新聞とは似て非なる体験をユーザーに呼び起こす。つまり、デジタル形式で、紙の新聞を読んでいるような、ある種のノスタルジー的な快感と効用を与えてくれるのだ。つまりは、旧いメディアのフォーマットがインターネットのデジタル情報空間上で再現し、再生したといってもよい。キンドルなどのeインクを使った電子書籍についても、同じような「既視感」を味わうことができる。紙のような肌触り、ページをめくっているような感覚でデジタル書籍を閲覧することができるからだ。これは、「新しい革袋に旧い酒を入れる」ような感覚である。旧いメディアが、デジタル技術によって、新しい棲み場所を得たような気がするのだ。これもまた、「メディアはメッセージだ」という言葉にぴったりと当てはまる現象とはいえないだろうか?

聴覚的空間


 マクルーハンは、「聴覚的空間」を強調した。なぜなら、歴史的にみれば、聴覚こそは、視覚に先立って誕生した<始原のメディアだからである。
マクルーハンの「聴覚的空間」という概念は、視覚的空間とアルファベットとの関係に関する彼の立場を非常に明快にする。つまり、聴覚的空間はアルファベト以前に出現したものだということだ。それは文字の出現以前の視点で見た世界であり、境界がなく、情報が固定された場所からではなく、あらゆる場所から生み出される世界だ。それは音楽や神話、全身が包み込まれる世界であり、したがってマクルーハンの考えによると、主にテレビというものはやはり音楽的かつ神話的で、包み込む形態でアルファベットより後に私たちの前に現われ、本や新聞とは異なり、視点や対象物との距離感を持たない世界だ。(p.90)

 それでは、インターネットのサイバースペースは、どのような世界なのだろうか?この点について、著者は、サイバースペースはまさしく聴覚的空間だという。アルファベット以前の世界において、「私たちは世界を探索するとき、視覚と聴覚を用い、関わりを持つ時は触覚と味覚を用いる。視覚は私たちが目を向けているものの詳細を正確かつ詳細に伝えてくれるが、聴覚は私たちが世界に耳を傾けようとするかしないかに拘わらず、一日24時間、絶えず私たちと世界の接点を用意している」。深い眠りから目をさまさせてくれるのも、聴覚のおかげである。アルファベットが進化したのも、聴覚のおかげである。印刷の発明後も、出版といえども、声が多くの人の耳に届くことはできなかった。その点では、テレビのもつ聴覚的性質は、「一国のいずれの場所においても、またCNNなどが出現して以来、世界のいずれの場所でも、同じ映像がテレビ画面上で見られるという点にある」。ラジオも同じだ。そして、「アルファベットはインターネットの画面に表示されることで、同じ言葉を、世界的なケーブルテレビの画面よりはるかに容易かつ効率的に世界中に送ることができ、印刷よりはるかに身近で直接的に遠方まで広がりを持つ聴覚的空間のコンテンツになると同時にその媒介にもなったのだ」(p.94)。インターネット上の聴覚的空間は、テレビやラジオよりも拡大したものとなっている。すなわち、その非同期性、非場所性などをもっているからである。また、インタラクティブ性など。「オンラインのアルファベットのコミュニケーションの容易でインタラクティブな性質は、直接に音を聴くことが始まって以来、電話以外ではどのメディアにも欠けていた聴覚的性質の根本的な原動力を回復し増強する」。

 ここで、著者は、やや唐突ともいえるが、独自の「メディア進化論」を提示している。
 私は「人間の再生-メディア進化論」を皮切りに過去20年間にわたって、コミュニケーションの未来を予言するという困難な仕事のためにメディアの一般n理論を構築してきた。その理論の核心は、メディアはダーウィンの説のように進化し、そこで人間はメディアの発明者であると同時に選択者でもあるということだ。そしてその選択の基準は、(a)私たちは、単なる生物学的な視覚や聴覚の境界を越えてコミュニケーションを拡張するようなメディアを求める、(b)初期の人工的な拡張の過程で失ったかもしれない、生物学的なコミュニケーションの要素を再び取り戻すようなメディアを求めるというものだ。つまり、私たちは自然のコミュニケーションという炉床を求めつつも、私たちを拡張することでそれを凌駕するメディアを求めていく、という二つの点だ。

 例えば、電話は、私たちの進化の過程で、一旦は失われた音声という要素を回復する双方向のコつりょミュニケーション・システムの強い進化的な圧力によって、電報に取って代わった。白黒映画からカラー映画での進化、白黒テレビからカラーテレビへの進化も同じ。また、最近のハイビジョン・テレビも、よりリアリティの高い映像や音声への進化を示している。

グローバル・ヴィレッジ


 このキャッチフレーズは、「メディアはメッセージである」と同じくらい人口に膾炙されたことばだが、こちらは誤解されることもなく、広く受け入れられた。電子メディアの登場によって、世界は小さな村のようになったということだ。
かつて、小さな村の住人は触れ役の声が全員に行き届くことで、公的な情報にほぼ同じ程度に接触していた。その情報の届く範囲を拡大したのは印刷だった。それは最初の大量の読者、つまり目と耳の届く範囲を超えた反応の速い大衆を初めて創出したが、その結果として本来の聴覚的な村人の同時性が失われてしまった。誰もが同じ朝刊、同じ夕刊を購読しているわけではなく、また同じ新聞を購読しているにしても、同じ瞬間に同じ記事を読んでいることなど考えられないからだ。それからラジオが、そしてテレビが出現し、国中の誰もが居間に腰を下ろして、同時にニュースを読むアナウンサーの声を聴き、同じ顔を見ることが可能になった。80年代にCNをはじめとするグローバルなケーブルテレビの出現によって、村はグローバルとまでは言わないまでも、全国的に再構成され、放送メディアがグローバル・ヴィレッジを実感させるものになっていった。(p.121)

 しかし、テレビによって実現したグローバル・ヴィレッジは不完全なメタファーだった。というのは、人々はテレビを通じて双方向のコミュニケーションをすることができなかったからだ。その意味では、インターネットこそが、グローバル・ヴィレッジの正しいメタファーとなりつつあるといえよう。

 ラジオからテレビへの変化は、「地球村」の性格を大きく変化させた。著者によると、それは「子供の村」から「のぞき見趣味の村」への変化である。家族内で、子供は重要な問題には両親の意見に逆らうような意見を口にすることは一切許されない。同じように、ラジオという一方通行の音声メディアでは、聴取者はラジオから流れる時の支配者のことばに反論を言うことを許されていなかった。それゆえに、「ラジオ時代は20世紀でもっとも影響力の強い、スターリン、ヒットラー、チャーチル、フランクリン・ルーズヴェルトという4人の政治家を生み出した」(p。123)。日本でいえば、戦時中の政治家や軍部をあげることができるだろう。「聴取者は年齢に関係なく、ラジオという父親の子供になった」のである。ちなみに、マクルーハンは、「テレビがラジオよりも先に登場していたら、そもそもヒットラーなぞは存在しなかったろう」と述べている。

   著者によれば、「グローバル・ヴィレッジは、テレビを介することにより聴取者の村から視聴者の村へ、つまり子供からのぞき見趣味の大人へと成長した」という。例えば、1960年当時、ジョン・F・ケネディはその発言よりも、ハンサムなルックスで賞賛を集めていた。それは映画スターとファンのような関係である。また、ケネディの悲劇的な死も、「父親を亡くした子供の心境というより、ティーン・エージャーの子供の自動車事故死による衝撃に近いものだった」という。のぞき見趣味の人たちは、その対象を愛しも恨みもする。その結果、テレビ時代の政治家達は愛憎両方の対象になった。歴代の大統領や日本の最近の首相が頻繁に交代するのも、テレビを通じて視聴者による愛憎の対象とされるからなのかもしれない。

 それでは、オンライン時代のグローバル・ヴィレッジはどのようなものになるのだろうか?

 実際のところ、政治の世界において、「オンラインのコミュニケーションは、アテネの地方民主政治、もしくは少なくとも国の立場から言えば、直接民主政治を行なう年を地球規模で実現するための道を開き始めている。インターネットは既に、数多くの議論の場と機会を提供している。また、意思統一の実現や評価のためのソフトエアも、投票をし集計するためのソフトウェアも、容易に入手できるようになった」。問題は、私たちがそれを使用したいと思うか、ということだ。

 かつて、ウォルター・リップマンは、「国や社会の出来事はあまりにも大きく複雑で、その影響がわかりにくく、個々の市民の理解の範囲を超えているので、間接的な代議制政府が必要だ、と述べ、直接民主主義を全面的に否定した。しかし、インターネットによって、状況は大きく変化した。
 今やインターネットでは何百万人もの人々が積極的に話し合い、個々の市民はリップマンの言う「後ろの座席にいる耳の聞こえない観客」ではなく、1927年当時の議員よりずっと簡単にほとんどの事柄に関する情報にアクセスできるようになった。(中略)リップマンは現代でも、オンラインのグローバル・ヴィレッジは原則的に情報の配布をするだけで、誰もが立法府の議員になれるわけではない、と言うかもしれない。しかしグローバル・ヴィレッジはそれにとどまらず、議論、ディベート、世論の確立、投票の手段でもあり、本来統治の手段なのだ」(p.130)

 今日のデジタル世界は膨大な情報で溢れかえっている。その中から、どうやって適切な情報、データを引き出せるのか?この点については、検索エンジンが大きな威力を発揮してくれるだろう。そのことは、「確かに、オンライン上での情報入手、論議、投票が可能になった直接民主制の政府がきちんと機能する、あるいは現行の代議制より優れた機能を発揮することを何一つとして保障するものではない。」現代社会は、古代アテネよりはるかに複雑で多くの問題に対処しなければならず、それを統治するには、それなりの能力が必要とされることもたしかだ。したがって、「直接民主制はおそらく、政府の一部の側面でのみその機能を十分に発揮できるのだろう」と著者は述べている。

 しかし、現実には2008年のアメリカ大統領選挙では、オバマ候補がインターネットを駆使して、大統領選を勝ち抜くなど、インターネットあるいはソーシャルメディアが草の根の有権者パワーを動員して、政治を大きく変えるなど、ある種の直接民主制が実現しつつある。日本でも、今年の参議院選挙までに、公職選挙法が改正され、インターネットを通じて、国民の意思がより直接的に国政選挙に生かされる道が見えてきたのは、周知の通りである。著者は、「現在の代表民主制の実績とそれに対する人々の満足度が、過去数百年の何らかの目安となるのであれば、インタラクティブなオンライン・グローバル・ヴィレッジで直接民主制が成功する見込みを少し試してみるのもいいかもしれない」と控えめに提案しているが、2010年代の政治は、少なくともアメリカでは、それを着実に実現しているように思われるが、どうだろうか?

 オンライン・グローバル・ヴィレッジの進展は、政治だけではなく、ビジネスの世界で、それ以上に進展していることは、周知のとおりである。これについての紹介は、割愛させていただく。

ホットとクール


 レヴィンソンによれば、マクルーハンのホットとクールの区別は、新たなメディアの影響を理解するために彼が使った道具の中で、もっとも有名で誤解を受けながらも有益なものだった、という。マクルーハンのホットとクールは、もともと、ジャズの世界のスラングを引用したもので、大音響のビッグバンドの魂を揺り動かし酔わせる「ホット」な音楽と、もっと小さなバンドの心を惑わせ誘い込む「クール」な演奏を比較する言葉だったという(p.183)。マクルーハンの考えによると、「ホットメディアは、飽和しやすい私たちの感覚に近づいて襲いかかる、声高で明るく目立つ情報の発信方法であり、逆にkウール・メディアは、曖昧でソフトで目立たない、静かな夕べにぴったりの、私たちの関与を誘うメディア」である。例えば、「大スクリーンで色鮮やかなホットな映画と小さな画面で見るクールな白黒テレビ、小説や新聞に印刷されたホットな散文とクールな詩や落書き、など。

 ただし、小さなブラウン管をもつ白黒テレビが「クール」というのは分かるが、現代のように、40インチ以上の高精細度ハイビジョンの時代に、テレビが依然として「クール」だというのは、やや感覚的にずれているように思われる。もっとも、「クール」と「ホット」は、二分法的に捉えるべきではなく、「温度」と同じように、程度の差をもった、連続的な尺度と考えたほうがよさそうである。現代のテレビは、かつてのちっぽけなアナログ白黒テレビに比べると、はるかにホットなメディアになっているのではないだろうか?

 問題は、インターネット時代の「電子化されたテクスト」の性格である。レヴィンソンによれば「電子化されたテクストは必然的にテレビを遙かにしのぐほどクールになり、またその出現は最近のラップ・ミュージックやクエンティン・タランティーノの映画のような、クールなものの成功と時を同じくしている」という。

 レヴィンソンによれば、ホットとクールは、文化全般に影響を及ぼし、その文化が今度は適当な温度のメディアを選択することになるという。実際、テレビが登場して以降、文化もまたクールなものになり、その中で、コンピュータやインターネットのような「クール」なメディアが出現したのである。

 電話は、音質が比較的悪いため、人間の声のほんのうわべだけしか伝達できず、最初から本質的にクールなメディアだった。また、本質的にインタラクティブな性格をもっており、ベルが鳴るとそれを無視することが非常に難しい。「そうしたインタラクティブな牽引力、つまり電線の向こうにいる生きた人間の引力がとても強いために、電話は音声の強さや明瞭さとは関係なくクールなメディアだった」という。

 インターネットは、まさしくテレビ以上にクールなメディアだ。「パソコンは全世界に広がる電話システムに接続すると同時に、テレビと本に変身する。そして特殊な電話となり、強力でクールなインタラクティブな性質を持ち続けるばかりかそれは強まる。それを生み出したのは実際には、電話、テレビだけではなく、本を加えた三つのメディアだ。そして最初の二つがクール・メディアなのだから、オンライン・テキストがクールになるのは至極当然のことなのだ」(p.196)。

 最近の例でいえば、電子メールやチャット、ソーシャルメディアなどは、ユーザーの関与度が高く、いかにもクールなメディアと呼ぶのにふさわしいように思われる。また、レヴィンソンによれば、彼自身が実践しているオンライン教育も、きわめてクールなメディアであり、学生の参加度を高めるという意味で、すぐれた教育システムだと考えているようだ。

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