「ジャーナリズム」という言葉、古くからありますが、最近では、いろんな領域で「ジャーナリスト」を名乗る人が増えています。これは、田村紀雄さんが述べているように、「メディアの多様化、社会的要請」が背景にあると思われます。従来のジャーナリズムが「新聞、雑誌」にとどまっていたのが、最近では、「放送ジャーナリズム、フォトジャーナリズム、サイバー・ジャーナリズム(オンライン・ジャーナリズム)、スポーツジャーナリズム、などなど」(田村、2004)とずいぶん広がっています。大正期以前は、「定期的に有料で発行・頒布される活字媒体によって、報道され、論議され、批評されるといった情報・ニュース活動をジャーナリズムと呼んだ」(同書, p.3)そうです。

 同書の2章「ジャーナリズム研究の射程」において、林利隆さんは、ジャーナリズムということばの語源について、「ラテン語の『ジャーナル』(毎日の記録を意味する)に発する」と述べています。

 ラテン語に発するjournalは、「毎日の記録」「日記」という原義があります。その意味では、私がいま書いているブログも、journal(ism)の一形態、具体的にはオンライン・ジャーナリズムの一つといえなくもありません。

 けれども、ジャーナリズムとは、本来、プロフェッショナルな書き手が、綿密な取材・編集を行う活動をさすと思われますから、本サイトは、「日記」「雑感」「研究日誌」程度のレベルにあるといえるでしょう。

 ちなみに、同書の3章「マス・コミュニケーションとジャーナリズム」の中で、大井眞二さんは、ジャーナリズムを「ニュース・テクストの収集から、編集、制作、流通へと連なる生産過程」と定義しています。これは、ほとんどマスコミの報道に限定しているようにも見受けられます。

 では、マスコミとはいわず、わざわざジャーナリズム呼ぶのは、どうしてなのでしょうか。この点について、柴山哲也さんは、「ジャーナリズムとは同時代のアクチュアルな出来事についての言論、表現、批評、報道などの活動である」と定義した上で、ジャーナリズムがジャーナリズムたる所以を次のように整理しています(柴山編,2004)。
(1)ジャーナリズムの扱う対象は、アクチュアリティ、新奇性、日常性などの性格をもっている(「いま」と関わりをもつ)
(2)ジャーナリズムが取り扱う内容には、一般性、大衆性、政治性という性格が付随している
(3)ジャーナリズムはその態度において在野性、独立性、反権力性を内包している
(4)ジャーナリズムはその活動の仕方において特別な形式をもっている。時間的な反復性、定期性、恒常性である

 この他に、主立ったジャーナリズムの定義をとりあえず列挙しておきたいと思います。
・新聞・雑誌、ラジオ、テレビなどで、時事的な問題の報道・解説、批評などを行う活動。また、その事業の組織(『広辞苑』岩波書店)
・一般の大衆にむかって、定期刊行物を通じて、時事的諸問題の報道および解説を提供する活動(清水幾太郎)

 これとは別の文脈の中から、1990年代以降、喧伝されるようになった概念として、「パブリック・ジャーナリズム」(public journalism)ということばがあります。いわゆるオンライン・ジャーナリズムも、その流れに沿って生まれた概念と思われます。いわゆる「市民発信型」のジャーナリズムでしょうか。

 藤田博司さんによると、それは
 メディアが市民とつながりを強め、ニュース報道の主導権を政治家や役所から市民の手に取り戻そうとする考え方を、ジャーナリズムの現場で実践しようという試み(田村編,2004)

だそうです。とりあえずのメモでした。

参考文献:
柴山哲也編『日本のジャーナリズムとは何か』(ミネルヴァ書房)2004
田村紀雄編『現代ジャーナリズムを学ぶ人のために』(世界思想社)2004