社会関係資本とは、パットナムによると、「信頼感や規範意識、ネットワークなど社会組織のうち集合行為を可能にし、社会全体の効率を高めるもの」であり、「互酬性の規範」と「市民的な参加のネットワーク」からなるものである。一般に、「物的資本(土地、財産など)は物理的対象を、人的資本(スキル、知識、経験など)は個人の特性をさすものだが、社会関係資本が指し示しているのは個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範である」とパットナムは述べている(『孤独なボウリング』)。

 ここで、「互酬性」とは、聖書にある「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」という一般的互酬性と、「あなたがそれをしてくれたら、私もこれをしてあげる」という特定的な互酬性のことである。パットナムによれば、「信頼は社会生活の潤滑油となるものであり、人々の間で頻繁な相互作用が行われると、一般的互酬性の規範が形成される傾向がある」という。社会的ネットワークと互酬性の規範は、相互利益のための協力を促進させうる。「社会の成員間でこうした互酬性が一種の社会的規範にまで高められると、その規範に基づく社会ネットワークが形成される。このネットワークが社会に埋め込まれることによって、今度はネットワークが社会の成員を常に相互に協力するように差し向けるという(循環的な)プロセスが想定される。つまり、社会関係資本を活用することで社会関係のなかで人々の相互的な利得を獲得させるための協調と調整が促進される」(宮田加久子『きずなをつなぐメディア』)。その結果、社会関係資本は集合行為のディレンマを解決し、民主主義を機能させるための鍵となる、とパットナムは考えた。

 こうした利益は、「結束型」(排他型)の社会資本と「橋渡し型」(包摂型)の社会資本によって、成員の間で共有されることになる。「結束型」の社会資本とは、緊密な、内向きの社会ネットワークの中で共有される強い紐帯である。家族や親密な友人グループなどの関係はその一例である。これに対し、「橋渡し型」の社会資本とは、外向きで、地位や属性をこえて多様な人々との関係をつないでいくことに役立つ、弱い紐帯をさしている。

 それでは、インターネット(ICT)と社会関係資本との間の関係はどのようなものか。また、社会的包摂との関連はどのようなものか。この点について、
 ・Warschauer, 2003, Technology and Social Inclusion
 ・宮田加久子,2005,『きずなをつなぐメディア』
 ・パットナム, 2000=2006, 『孤独なボウリング』
をもとに考察することにしたい。

 社会関係資本を増やすことは、明らかに重要であることは、上記の記述からも自明だろう。ICTやインターネットの活用は、社会関係資本を増大させるのに役に立つことも、過去の実証的研究から明らかにされている。Wauschauerは、トロント市〔カナダ〕のNetvilleと呼ばれる町で行われた研究を紹介している。この町では、すべての新規購入した家にブロードバンドの無料接続が提供された。実際には、6割の家庭でインターネットが提供され、残り4割にはインターネットが提供されなかった。これは、一種の野外実験の場を提供することになった。調査の結果、インターネットを提供された家庭ではNetvilleの内部でも外部との間でも、広汎な社会ネットワークが形成され、相互接触とサポートの提供がみられた。ネットにつながった市民は、50km圏内でも、50~500km圏内でも、500km圏外でも、外部の人々との接触とサポートが増大したのに対し、ネットにつながっていない市民の場合には、いずれの地域圏においても、接触とサポートが減少するという対照的な現象がみられた。とくに、50~500km圏の人々から受けるサポートについて、両者の間に最大の相違がみられた。これはインターネットが、「ちょうど到達できる圏外」にいる人々との間の社会関係資本を構築するのに有効であることを示すものといえる。コミュニティの内部においても、メイリングリストの活用などを通じて、ネットに接続した人々は、相互の紐帯を深めるという傾向がみられた。また、ネットに接続した住民たちは、メーリングリストからの情報をネットに接続されていない家庭にも届けるという効果さえみられたという。

 これに対し、インターネットは社会関係資本の増大をもたらさない、という見解もある。まず、対面的なコミュニケーションは、オンラインのコミュニケーションに比べ、よりリッチなコミュニケーションとサポートをもたらす。もしオンライン・コミュニケーションが対面的な相互作用を「補完」するのではなく、「代替」してしまうと、結果として社会関係資本は弱くなるだろう。また、ネット上では、いわゆる「フレーミング」(炎上)と呼ばれる敵対的なコミュニケーションが生じるが、これも社会関係資本の低下につながるだろう。さらに、インターネット上でチャットなどを通じて匿名的なコミュニケーションにはまるならば、それが対面的なコミュニケーションを低減させるという危険性もある。最後に、人々はインターネットを社会的コミュニケーションに用いるとは限らず、プライベートな、あるいは反社会的なコンテンツを消費することもあり、それが社会関係資本を低減させる可能性もある。

 ウォーシャウアー氏によれば、ICTを社会関係資本の促進のために活用するには、「ミクロ」「マクロ」「メゾ」という3つのレベルで社会関係資本を捉えることが有効だという。

【ミクロレベルの社会関係資本】:バーチャル・コミュニティ対情報化コミュニティ

(1)バーチャル・コミュニティ
 もともとハワード・ラインゴールド氏がオンラインコミュニティであるWELLでの体験をもとにつくった言葉だが、異なるバックグラウンドや地域にいる見ず知らずの人々が、オンライン上で情報を共有し、議論し、必要なときにはサポートを与え合うという体験を語ったものである。しかし、彼自身、見解を和らげ、バーチャルコミュニティと伝統的なコミュニティやネットワークとの接続性を強調するようになった。第一に、どのような技術も、既存の社会関係や社会的文脈の中から生まれるものだということ。第二に、バーチャルコミュニティと伝統的コミュニティとの間の差異は擬似的なものだということ。現実には、人々の社会的ネットワークは他の地域に住む親戚、友人、同僚などを含んでおり、彼らとの間のコミュニケーションは、対面接触の他に、電話、メール、その他のメディアを媒介として行われているのである。ICTの利用は、他のネットワーキングを代替するのではなく、補完する役割を果たしている。

(2)情報化コミュニティ
 社会的包摂に関するテクノロジーの問題を考える上で、情報化コミュニティ(community informatics)の概念はバーチャルコミュニティよりも有用かもしれない。情報化コミュニティとは、コミュニティの社会的、経済的、政治的、文化的な目標達成を助けるためにICTを適用しようとする試みを指している。

 社会関係資本を促進することは情報化コミュニケーションの基本戦略だが、これはオンライン・コミュニケーション単独では達成できない。むしろ、社会関係資本はコミュニティの目標をサポートするために最強の協同とネットワークを構築することによって創造できるものであり、そのためにICT技術の活用が中心的な課題になる。オンライン・コミュニケーションはその一部分となるが、同時に伝統的なコミュニケーション、組織、動員、協同の構築もまた非常に重要である。

【マクロレベルの社会関係資本】:政府と民主主義

 ミクロレベルの社会関係資本がボトムアップだとすると、マクロレベルの社会関係資本はトップダウンで形成されるといえる。ここでは、大規模な制度、とくに政府がどのように資源やサポートを個人や社会に提供するか、という問題を考える。

 マクロレベルの社会関係資本のもっとも重要な構成要素は「シナジー」(国家と社会の間の協同的でポジティブな関係)である。シナジーを発展させることは重要だが、とくに不平等の高い国々では難しい課題である。貧困層の周縁化が進んでいる国では、貧しい人々が政府の資源へのアクセスから切り離され、悪循環を生むケースが少なくない。

 うまくデザインされたICT活用プログラムを実施することにより、政府の情報や資源へのアクセスを増大させ、周縁化を低減させるという好循環を生むことができる。そのためには、電子政府計画は貧困層や周縁にいる人々のニーズにマッチしたものとして周到に企画される必要がある。そうでなければ、すでにネットワークにうまく接続している人々をますます有利にするだけの結果に終わるだろう。電子政府(E-governance)計画は、貧困層に対して少なくとも二つの点で役に立つ。一つは政府の透明性を増大させること、もう一つは市民のフィードバックを増大させることである。

【メゾレベルの社会関係資本】:市民社会の力

 市民社会とは、個人と国家の間にあるネットワーク、グループ、組織などを指している。それは「公共圏において、自分たちの関心、熱情、アイデアを表明したり、情報を交換したり、互いの目標を達成したり、国家に要求を突きつけたり、国家公務員に説明責任を果たさせたりするために、集合的に活動する市民たち」のことを指している。市民社会は民主主義の実現のためにさまざまな機能を果たしている。インターネットなどのICTは、こうした市民社会の発展と民主主義の実現のために重要な役割を果たしている。その一つの事例として、「反グロバリぜーション」グループの運動があげられる。

<反グローバリゼーション運動とインターネット>

 今日では、第三セクター(非政府、非ビジネス)の社会組織(NGOなど)の発展が著しい。ICTはこうした第三セクターの発展において重要な役割を果たしている。国際的なNGOはドキュメントを共有したり、戦略やキャンペーンを展開するためにインターネットを活用してきた。草の根グループは、メンバーを動員し、プロテストを組織するためにインターネットを活用している。インターネットを活用したもっとも大規模な国際的社会運動といえば、反グローバリゼーション運動(antiglobalization movement)だろう。

 反グローバリゼーション運動によるインターネットの利用は1980年代にまでさかのぼる。グリーンピースのような国際的NGOはスタッフのためにグローバルなコミュニケーションのネットワークを開発した。インターネットをベースとする反グローバリゼーション運動は1994年に初めて登場した。この年、メキシコ南部のサパティスタ(Zapatista)民族解放組織は武装闘争を開始した。当初から、サパティスタのリーダーたちはインターネットの活用において高い能力を示した。闘争が始まった直後から、非公式のサパティスタ・ウェブ頁が立ち上がり、サパティスタのメーリングリストやウェブサイトが多数開設された。1995年には約8万1000人がメキシコ国外からサパティスタの主催する会議に出席した。インターネットは多様な反グローバリゼーションのNGOグループにとって重要な役割を果たしてきた。サパティスタを支援するNGOネットワークには、先住民の権利をサポートする争点志向的なNGO、人権擁護団体、持続可能な社会を推進するNGOなどが含まれる。

 反グローバリゼーション運動による次なるネットバトルは、1997~1998年、WTOによる「投資に関する多国間協定」(MAI)の提案直後に起きた。1998年、MAIの提案ドラフトがインターネットを通じてリークされると、あっという間に世界に広がり、これに反対するウェブが多く立ち上がった。多くの国でMAIに反対する運動が組織され、最終的にMAIは採択されずに終わった。

 その後も、1999年シアトルで開催されたWTO会議、メルボルンで開催された世界経済フォーラムなどでも、反グローバリゼーション運動のNGOグループがインターネットを使って反対運動を展開した、インターネットの力を示した。ついには、反グローバリゼーション運動のためのパーマネントなウェブサイトも次々と立ち上がった。The Independent Media Centerはその代表例である。このサイトには、、背景情報、ディスカッションフォーラム、オンライン新聞、検索可能なアーカイブ、関連する写真や動画などが提供されており、反グローバリゼーション運動にとってワンストップの情報センターの役割を果たしている。反グローバリゼーション運動にとって、インターネットは他のコミュニケーションを代替するわけではなく、それを補完したり拡張したりするという役割を果たしているといえる。インターネットは、反グローバリゼーションにおいて重要な社会関係資本であり、政治的エンパワーメントに大きく貢献しているのである。