書物と映像の未来  前回のブログで紹介した『グーグル ネット覇者の真実』では、グーグルブックスについても取り上げていたが、ブログでは、取り上げることはできなかった。

 そこで、この問題を日本の知識人がどう見ているのかを知るために、2010年に出版された『書物と映像の未来』(長尾 真、遠藤 薫、吉見俊哉編)を読んでみることにしたい。本書は、日本学術会議のシンポジウム「世界のグーグル化とメディア文化財の公共的保全・活用」が元になっている。

進行する世界の知のデジタル化


 本書の趣旨は、次の文章で表明されている。
 グーグル的世界戦略の是非については、本書でも様々な論議がなされている。それらへの導入として強調しておきたいのは、現代の世界の知財のデジタル化は、もちろん書籍に限定されるものではなく、映像や音声など全形式に及ぶことである。やがて私たちのメディア環境は映像とテキストが自在に結びつく。そうしたなかで、過去一世紀を通じ、目まぐるしく形式が変化する諸媒体・諸形式で蓄積されてきた人類の文化的記憶は、すべての形式がデジタルに統一されることで、新たなコンテンツ開発や商業的利用のためのリサイクル可能な資源となるだろう。
 こうして現在、グローバルな情報産業が主導する全知のデジタル化を前に、私たちは近代日本とアジア諸国が長い年月をかけて各地で育んできたメディア文化財を公共的に保存・活用する方策を、いかにして生みだしてゆくことができるだろうか。映像とテキストが自在に結びつき、すべてがデジタル形式に統一されていく時代の知とはどのようなものでありうるのだろうか。新しい公共的利用に向けたデジタル社会の知の基盤をつくっていく場合、著作権や財産権に関わる法制度、予算や人材の確保、マネジメント、公的機関と民間の連携など、山積みする課題をどう解決していくのか。これらの問いへの答えが、「それは巨大メディア企業のグローバル戦略に任せておけがいい」というものでないのは明白である。先端技術を活用しつつ、市場原理とは異なる視点に立って、新しい公共的な営みに向けたデジタル社会の知識基盤をいかに築いていくべきなのか。(p. vii)

 こうした課題にこたえていく際のキーワードとして、「文化のサステナビリティ(持続可能性)」「リサイクル」といった生態学的なことばが使われているのは、注目に値する。その理由とは、
私たちの社会全体が、成長型から成熟型へと質的に変化しており、そうしたなかでは、たんに物質やエネルギーの循環だけでなく、文化的創造と享受、循環についての長期的に持続可能なしくみが構想されなければならないという認識からである。(p.xii)

具体的な方策としては、3つの提案がなされている。
(1)この列島に散在する様々な形態のメディア文化資産の財産目録を作成し、できるだけそれらの原資料を安定的な保存環境が保障される国家的な収蔵機関(例:国会図書館など)に集めていくこと。
(2)アーカイビングされたさまざまなメディア文化資料について、XMLなどを用いた共通性のあるフォーマットによりデジタル化を進め、デジタル形式での公開化と横断的な統合化を進めること。
(3)デジタルアーカイブ化されたメディア文化資料は、たんに受け身で公開されるだけでなく、さまざまな人材育成、教育カリキュラムのなかに組み込まれていくしくみの構想。(p.xv)

グーグル問題とは何か


この章(柴野京子著)では、グーグル・ブックス問題の概要と、海外の反応などが論じられている。そのきっかけは、2009年春の『Newsweek日本版』誌の記事だったという。公告は、次のような内容だったという。
グーグル・ブックスが、図書館にある著作物を無断でスキャン、公開することに対して、米国内の出版社・著者の団体が起こしていた訴訟で、グーグル側と和解合意したことを告げていた。(p.19)
 問題は、この和解内容が米国以外の国に対しても適用されることにあった。

その後、さまざまな経緯の結果、この和解合意事項は大幅に修正されることになった(2009年11月)。
この和解案は、その後の各国からの申したて、米国司法省の介入などを受けて、大幅に修正が加えられた。修正案の最大のポイントは、対象となる書籍の範囲がアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアの英語圏四カ国に限定されたことであり、これによって日本はひとまず対象外となった。

グーグル・ブックスの概要


グーグル・ブックスは、2005年に正式にスタートした文献検索、閲覧、購入システムであり、その内容は、次の3つに分けることができる。
(1)キーワードによる出版物の全文検索
(2)内容の入手(ネット上での閲覧、プリントアウト、ダウンロード)
(3)冊子体の本を閲覧・入手するための、図書館や書店へのリンク
 グーグル・ブックスのリソースは、図書館、著者・出版社である。このうち、図書館については、米国の主要な大学図書館(スタンフォード大学、ミシガン大学、ハーバード大学など)が提携しており、海外でもイギリスのオクスフォード大学、ドイツのバイエルン州立図書館など、日本では慶應義塾大学がグーグルと提携している。スキャナなどの設備や人材などはグーグルが負担しており、これらの図書館では、書籍のデジタル化で大幅なコスト削減というメリットを享受している。

グーグル和解問題


 グーグル・ブックスのプロジェクトに対しては、当初、米国の作家、大手出版社などが著作権を侵害するものとして提訴した(2005年)。その結果、2008年10月、この訴訟は、次の事項で和解することになった。
・著作権者に対して、収益の63%を支払う
・すでにデータ化したものについては、程度に応じて一定の解決金を支払う
・権利処理のための機構(版権レジストリ)を新たに設け、設立と維持の費用をグーグルが負担する
この訴訟は、「集団訴訟」(クラス・アクション)と認定されたことから、この和解事項は米国内だけでなく、、世界中のすべての著作権者にも適用されることになり、世界的に大きな問題に発展した。ここでの主要な争点は、次のようにまとめられている。
①法的争点
・著作権に関して:侵害かフェアユースか
・競争的観点:一企業が世界中の書籍を独占的に管理すること
・裁判の手続き:オプトアウト方式(当事者は申請しなければ承諾とみなされ、決定の枠内に組み込まれること
②出版物の内容・定義
③文化的争点
・公共財としての知や文化を一企業が独占し、収益のために使用すること
・書物の背景にある文脈が破壊され、フラットな断片になることへと懸念
・歴史的な資料としてみた場合のスキャンの精度についての疑義
・グーグルによる「検閲」の問題
・閲覧履歴を掌握し、マーケティングに転用する可能性

 こうした争点を多く含む問題だけに、世界各国からはネガティブな反応、異議申し立ての動きが相次いだ。2012年の現在に至るまで、この問題は継続中である。継続中とはいえ、2010年以降、日本では、この問題に対する関心は薄れてしまったようにも思われる。しかし、グーグルブックス問題は、新たな「黒船」再来とともに、ふたたび大きな争点になることもあり得る。

 グーグル問題とは次元が少し異なるが、アマゾンが4月から「キンドル」日本版を売り出し、本格的に日本の電子書籍市場に参入するといううわさも耳にする。これが実現すれば、デジタル書籍の愛読者として、まことに歓迎すべき動きだと思うが、出版社や著者などはどのように受け止めるだろうか。4月以降の動きも注視していきたい。次回は、「電子書籍」の現状と将来展望について考えてみたいと思う。