以前のブログで、「メディア構築主義」という言葉に触れたが、その定義をここでもう少し明確にしておきたいと思う。

  情報は、なんらかのメディアを媒介することによって、われわれによって知覚、利用可能なものになり、それゆえ、われわれにとって有用なもの、あるいは有害なものとなる。

 メディア開発者(技術、アーキテクチャ)、メディア販売者(マーケット、利害関係)、メディア利用者(ニーズ、リテラシー)、メディア規制者(法制度、規範)の4つの構成要素たる「メディア主体」が、メディア・エコシステムを作り上げている。これらの構成要素の間の相互作用を通じて、情報メディアは進化し、また、個人や組織に大きな影響を及ぼす。これが、「メディア構築主義」の主張する基本的な点である。この4つを図解すると、次のようになる。

メディア構築主義の構成主体ミニ
メディア構築主義の基本モデル



 このメディア・エコシステムは、構成要素の間での絶えざる相互作用を通じて、共進化し、共存共栄をめざして、その銀河系が広がりつつある。その際に、隠れた真の主役はといえば、実はそれは、メディアに乗って流通する「情報」そのものである(「情報のメディア戦略考」を参照)。情報には、「良い情報」(有益で人々を幸福にする情報)と、「悪い情報」(有害で人々を不幸にする情報)とがある。共存共栄するエコシステムでは、「良い情報」の流通が卓越し、有害情報は最大限に規制される。これに対し、腐敗堕落したエコシステムでは、有害情報が卓越し、よい情報は淘汰される(例:ポルノ情報や犯罪情報、流言デマなどが溢れたメディアエコシステム。「悪貨が良貨を駆逐する世界」)。


 これは生体内のウィルスの場合にもいえる。善玉ウィルスが悪玉ウィルスを制御する限り、生体は健康で幸福な状態を保つことができるが、悪いウィルスが支配するときには、生体は病に冒され、最悪の場合には、死に至る。


 メディア・エコシステムのあり方は、個人や組織の生存や幸福、健全な発展にとって死活問題になるほど重要な働きをするものである。これが、メディア構築主義の考え方だ。ちょうど、人間の脳神経システムのあり方が、人間の生存や健康、幸福に大きな影響を与えるのと同じことだ。それは、決して「技術決定論」の亜種などではないことに注意すべきである。

 以上の図式は、ローレンス・レッシグ教授の「コード」図式を参考にしたが、基本的な考え方はかなり異なっている。私の提案する図式は、あくまでも「メディア構築主義」のモデルであり、「メディア主体」間の相互作用と、それを通じての「情報」の進化過程を理解することが目的である。ただし、最終的な目的は共通するものがあり、両者ともに、サイバースペース上でのコミュニケーションの健全な発展と主体間の共存共栄をはかるという点にあることはいうまでもない。