2005年から2006年にかけて、一時的に大流行した「WEB2.0」だが、最近ではほとんど聞かなくなった。多くのバズワードとともに、一時的な現象にすぎなかったのだろうか。ネットで検索しても、最新記事は2006年にまでさかのぼるといった具合のようだ。

 しかし、 Web2.0はインターネットの歴史の流れの中では、一つのエポックメイキングな一時期を形成したことは確かではないだろうか。梅田望夫氏が述べたように、webで2.0はウェブを一段階進化させたものだったからである。ただ、Web2.0熱がわずかの間に冷めてしまった本当の理由は、アメリカと日本との間の「ネット文化」の違いにあったことも事実である。Web2.0の基本的な理念は、日本のネット文化とは相容れないものであった。この点について、具体例をあげながら、若干の考察を加えてみたい。

Webの基本理念

 Web2.0の基本的理念は、人によってさまざまな形でとらえられていたが、私の場合には、次の7つの点から理解していた。
  1. ユーザーによる自由な情報の整理(カスタマイズ可能性)
  2. プラットフォームとしてのウェブ
  3. 貢献者(参加者、情報発信者)としてのユーザー
  4. ロングテール
  5. ウェブ社会への根本的信頼
  6. 分散性
  7. 集合知の活用
 このうち、2、4、6、7については、日本でもすっかり定着するようになったが、1、3、5については、必ずしも十分に理解され浸透していったとはいえないと思う。具体例として、写真共有サイトのFlickrを例として取り上げ、検討を加えていきたい。
   

flickrにみる日米ネット文化の違い

 Web2.0に関する当時の書籍をみると、「ユーザーによる自由な情報の整理」の代表的な事例として、写真共有サイトのflickrがあげられていた。しかし、当時の私は、このサービスについてまったく知らなかったので、その意味もピンと来なかったという記憶がある。

 最近になって、ようやくflickrを頻繁に使い始めるようになり、「ユーザーによる自由な情報の整理」の意味もある程度理解できるようになった。 また、flickrがアメリカのYahoo!によって運営されているにもかからわず、公式の日本語版がない理由についても、理解できるようになった。

 flickrの初期設定(デフォルト)をみると、アップロードした写真は、すべて「だれにでも公開される」という設定になっている。日本人ならふつう、写真共有サイトといえば、自分の撮った写真をバシバシと入れておく場所だと思う人が多いのではないだろうか?だから、デフォルトの設定は、当然、自分だけにしか見られないようになっていると思いがちだが、flickerでは、「すべて公開」が基本原則なのである。「自分だけにしか見られない」ようにするためには、Settingのページで、プライバシーの設定を細かく指定しなければならない。逆に言えば、プライバシーの設定をきめ細かく指定できるということが、Web2.0の「ユーザーによる自由な情報の整理」にぴったりあてはまるのである。Settingsのページを見ると、Personal information1,Privacy & Permission、Emails & Notification、Sharing & Extendingのタグに分かれていて、それぞれについて、実に詳細な「情報カスタマイズ」ができるようになっている。たとえば、Privacy & Permission の指定では次のような項目に分かれている。

・Who can access your original image? ⇒ Anyone (Recommended), Any Flicker member, People you folow, Your friends and family, Only you
・Allow others to share your stuff ⇒Yes please, that would be lovely, No, thanks
・Allow your stuff to be added to a gallery ⇒Yes please, that would be lovely, No, thanks 

等々(以下省略)。このように、初期設定画面で変更を加えない限り、あなたの投稿した写真ファイルは、すべての人の目に触れる可能性があり、また勝手にギャラリーに載せられる可能性がある。これはプライバシー侵害にもつながる問題だ、と多くの日本人は考えるのではないだろうか?このあたりは、ネット上での情報公開に鷹揚なアメリカのネット文化と、匿名性にこだわり、プライバシー保護に敏感な日本のネット文化との大きな違いを感じるのである。ちなみに、スマートフォン(iPhone iOS8搭載)には、フォトアルバムの写真をFlickrにアップする機能がついているが、そこでは、「プライバシー」設定ボタンがあり、「自分だけ」がデフォルトになっている。この点は、日本人の心性に合わせた設定のように感じられる。

 プライバシー情報の公開(自己開示の高さ)についての寛容度がアメリカでは日本よりも高いという点は、いくつかの研究でも明らかにされているが、flickrの初期設定にも、その一端がみられる。

 たしかに、さまざまなウェブサイトでは、「カスタマイズ化」が進んでいることは確かだが、わざわざ自分流のカスタマイズ化を自由につかいこなそうと思う日本人はどれくらいいるだろうか?デジタルネイティブでも、こうしたカスタマイズ化に積極的な若者は少数ではないだろうか?つまり、ウェブサービスのカスタマイズ化は進んでいるにも関わらず、日本人のウェブ利用は、アメリカに比べると画一的ではないかという仮説を、ここでは立てておきたい。

ウェブ社会への根本的信頼の欠如

 このように、個人情報の流出など、プライバシー情報に敏感な日本のネット文化の根底には、「ウェブ社会への根本的信頼の欠如」という独特の心性があるのではないか、と思う。新聞やテレビでは、しばしば個人情報流出やネットを悪用した犯罪の報道が過剰に報道されており、それが多くの日本人に「ネットは怖い」というゆがんだイメージを植え付けているように思われる。George Gerbnerにいわせれば、マスメディアがネット社会についてMean World Syndromeを培養しているということになろうか。

 その結果、多くの日本人は「ウェブ社会」への不信感をもち、プライベートな情報をアップすることに対してネガティブな態度をとっているように思われる。インターネットへの信頼度がほかの国々よりも低いことは、私も参加している「ワールドインターネットプロジェクト」の国際比較調査でも明らかになっている。この傾向は、ここ10年間ほど変化していない。

 したがって、「ウェブ社会への根本的信頼」を掲げたWeb2.0の文化は、日本ではまだまだ浸透してはいないというのが現状である。ウェブにおける情報のカスタマイズ化が進めば進むほど、flickrにみられるように、日本人は、プライバシーを厳しく守る方向に流れ、欧米との間の情報公開格差はますます進んでいくかもしれない。クリエイティブコモンズのようなウェブ上での自由な情報の流れは、日本ではなかなか進まないのではないだろうか?逆に、flickrのようなアメリカのオープンなウェブ文化を日本でも取り入れることによって、ウェブ社会への信頼を醸成するような試みがあっってもよいのかもしれない。その意味では、原則的に個人情報を公開するfacebookのようなSNSが日本のネット文化にどのような影響を及ぼすのか、今後注目していきたいと思う。