メディア・リサーチ

メディアとコンテンツをめぐる雑感と考察

カテゴリ: 書評・レビュー

 今回ご紹介するのは、三浦麻子さんと川浦康至さんの共著「人はなぜ知識共有コミュニティに参加するのか」という論文です。折田さんとは違って、知識共有コミュニティを次の2つに分けています。
(1)ウィキペディアのように、扱われる内容が狭義の情報(いわゆる知識)のみの百科事典型コミュニティ
(2)利用者の情報ニーズが「質問」という形で顕在化し、他の利用者がそれに対する「回答」を投稿する、Q&A型コミュニティ

 本論文が対象としているのは、(2)のQ&Aコミュニティです。具体的には、Yahoo!知恵袋の利用者に対して、質問者用質問紙(Q版)と回答者用質問紙(A版)の2種類を用意し、ウェブ上で調査を行っています。調査の概要は次のとおりです。

調査期間:2005年12月16日~20日
調査対象:上記期間中に知恵袋にログインし、質問か回答のいずれかを投稿した利用者。
有効回答:Q版5562人、A版2513人
回答者属性:男性50.3%、女性49.7%、平均年齢31.4歳


調査の結果

コミュニティへの参加状況とスタイル
 質問投稿数、回答投稿数を比較すると、平均値は質問投稿よりも回答投稿の方が多い。質問1件あたり平均3.6件の回答が寄せられています。この数値をもとに、三浦さんらは、コミュニティ参加スタイルを次の4群に分けているます。
①質問投稿のみ
②質問と回答の両方、かつ質問>=回答(質問優位)
③両方投稿、かつ、回答>=質問(回答優位)
④回答投稿のみ
4群中いちばん多かったのは①で、平均投稿数は2.7件。他方、「回答投稿のみ」群の平均回答投稿数は137.47と非常に多くなっています。コミュニティに対する関与度の高い人びとだと考えられます。

質問投稿動機:
 調査では、9つの動機を提示し、回答を得ています。これを因子分析した結果は、次のようになっています。
Q&Aコミュニティ質問動機の因子分析
                         (出典:三浦・川浦, p.238)

 「社会的動機」「外発的動機」「内発的動機」の3タイプに分かれています。分散分析によって、属性との関連も検討されています(省略)。

回答投稿動機
 これについても、因子分析を行っています。その結果は、次のようになっています。
Q&Aコミュニティ回答動機の因子分析
                       (出典:三浦・川浦,p.240)

 結果、「援助動機」「互酬的動機」「社会的動機」「報酬的動機」の4タイプが得られています。全体として多かったのは、「援助的動機」でした。

考 察
 最後の「考察」部分から、いくつか引用させていただきたいと思います。

・投稿数に基づく分析では、投稿された質問に対して何らかの回答がなされ、さらに多くの場合、それは複数寄せられていた。回答投稿の主な動機として「援助的動機」が、参加スタイルを問わず、共通に挙げられていた。これらの結果は、知恵袋というQ&Aコミュニティでは、積極的かつ協力的な対人コミュニケーションが展開されているようすを示している。
・全体としてこのような傾向が見られる一方で、対人コミュニケーションへの欲求については必ずしも強くない。コミュニティ参加者の多くは、コミュニティの一参加者、特に質問者-回答者ダイアドという関係の中で情報交換や情緒的サポートの授受を求めはしても、それを契機に個別的な対人関係には発展させようという欲求はあまり強くはない。ひいては、このことがコミュニティ内での攻撃行動や対人葛藤の発生頻度を減じさせ、一定の秩序あるコミュニティを可能にしているのである。
・参加者の相互援助的な動機に基づく質問者-回答者ダイアドでの相互作用は、結果としてコミュニティ全体の雰囲気を良好にし、コミュニティ全体、そこで展開されるコミュニケーションに対する高い信頼を生み出している。


結論として、本論文を通して、「多くの人が純粋な善意でコミュニティに参加しているようすが示されたことは、インターネット社会にポジティブな世界観を適用しうる余地が存在することを証明するものといえよう」と締めくくっています。

 何か、緻密な分析を通して希望の持てる結論を導いており、希望のもてる論文と拝察しました。

 なお、詳しい内容については、参考文献をごらんください。ネット上にpdfが提供されています。これも、知識共有のあらわれで好感がもてます。

参考文献:
三浦麻子・川浦康至「人はなぜ知識共有コミュニティに参加するのか「質問行動と回答行動の分析」『社会心理学研究』第23巻第3号
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聖なる消費とグローバリゼーション(社会変動をどうとらえるか 1)聖なる消費とグローバリゼーション(社会変動をどうとらえるか 1)
著者:遠藤 薫
勁草書房(2009-09-08)
販売元:Amazon.co.jp
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 今回は、社会学者・遠藤薫さんの『聖なる消費とグローバリゼーション』をご紹介したいと思います。その中でも、いまの季節にぴったりの「クリスマス」考察の部分です(第2章 グローバリゼーションの聖誕祭-青いサンタクロースと赤いサンタクロース」)。

 グローバリゼーションという言葉が日本で使い始められたのは、1970年代からのようですが、いまでは、すっかり日常用語として定着していますね。アメリカの議会図書館OPACでglobalizationをタイトル検索すると、なんと5000以上の文献がヒットします。国立国会図書館のOPACでも、タイトルキーワード検索で634件もヒットします。

 さて、本書の目的は、
見慣れた些末な文化的アイコンにたたみ込まれた「歴史」を丹念に解読していくことにより、「国家」と「世界」、「近世」と「近代」が激しくせめぎ合った19世紀後半から20世紀初頭の社会変動を分析し、そこから現代のグローバリゼーションをも射程に入れた、一般理論を構築すること

にあるそうです。そのグローバリゼーションの中でも、文化的側面を取り上げ、明治期~大正期の日本を焦点に定めて、グローバル文化としての「クリスマス」と「サンタクロース」を、社会変動との関わりで実証した研究といえるでしょうか。ちなみに、グローバル文化とは、「グローバリゼーションによって世界で共有されている文化」(104ページ)をさしています。

 クリスマスが日本に流入したのは、明治初期のことです。江戸時代までは、キリスト教が禁止されていたのですが、明治維新後の明治6年、キリスト教の禁制が解かれます。そして、明治12年、日本で日本人によるクリスマスが最初に行われたそうです。そして、

新聞記事からも、明治10年代、20年代、30年代と、次第にクリスマスが「外国人の祭り」から、「自分たちが楽しむ日」へと変化していくのがわかる
とのことです。さらに、明治28年には、『久里寿満寿』という本が出版されています(111ページ)。この本では、クリスマスと並んで、
「サンタクロース」について、
その「世界性」が主張され、キリスト教の聖人というよりむしろ、原初的な翁神のイメージによって人びとの心に訴えようとしている
そうです(122ページ)。つまり、この頃には、クリスマスと、その文化的アイコンであるサンタクロースが、日本でも「グローバル文化」になっていることを示しているでしょう。同時に、サンタクロースの受容は、古くからある信仰との親和性をもって行われた、とも分析されています。

 欧米でも、『クリスマスは、「冬至祭」の変形態であり、そもそも死者を迎える祭りであった』(131ページ)ということですから、正統キリスト教の「キリスト誕生(降臨)日」とは異なる文脈で受け入れられ、広まったことが想像されます。

 さて、少し飛ばして、「サンタクロース」現代版の原型ですが、「神学者で文筆家のクレメント・クラーク・ムーア」だとのことです。彼の書いた「クリスマスの前の晩」が1823年、ニューヨークの『センチネル』紙に掲載され、大人気を博したのが、ブレイクするきっかけだったそうです。重引になりますが、その一説は次のようになっています。

クリスマスの前の晩だった。家の中には
起きているものは何もなかった。ネズミ一匹さえも
煙突のそばには靴下がそっと掛けられていた。
聖ニコラウスがもうすぐやって来ると信じて
子どもたちはベッドの中にすっぽりくるまっていた
 これは、まさに今に伝えられる神話そのものですね。こうしたアメリカ版クリスマス神話が、日本に輸入され、消費文化の中で広められたのです。雑誌Lifeなどの総合雑誌でも、定期的にクリスマスやサンタクロースのメッセージが繰り返し流され、
クリスマス/サンタクロースのイメージが、19世紀には古典的な聖人のイメージ、20世紀初頭にはファンタジックな妖精のイメージ、そして次第に理想化された家庭のイメージへと変化していく様子が窺われる
とのことです。なお、日本でも児童雑誌(『子供之友』など)を通じて、サンタクロースが子供たちの間に普及していきます。また、丸善、明治屋、森永など、当時の新興企業が、格好のビジネスモデルとして、「クリスマス」や「サンタクロース」の文化アイコンを利用して、日本社会への普及を促進したそうです。現代でいえば、バレンタインデーなどがそうですね。

 最後に、本章での考察を通じて明らかになった点として、
(1)世界規模での共時的な時代意識の共有
(2)異なる文化的歴史的文脈における、普遍的神話構造の存在
を指摘しています。詳しくは、本書を手にとってごらんください。

 クリスマスやサンタクロースは、いまでは子供だけではなく、若い恋人たちにとっても欠かせない年中行事になっていますね。そのあたりは、バレンタインデーとともに、さらなる考察を期待したいところです。
 
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ネオ・デジタルネイティブの誕生―日本独自の進化を遂げるネット世代ネオ・デジタルネイティブの誕生―日本独自の進化を遂げるネット世代
著者:橋元 良明
ダイヤモンド社(2010-03-19)

 本書は、東大橋元研究室と電通総研の産学協同研究の成果をまとめたものです。「デス、マス」調のわかりやすい文章で、膨大な調査データをもとに、76世代、86世代、96世代のメディア環境、情報行動の変化を探求しています。研究者にもビジネスパーソンにも有益な一冊といえるでしょう。詳細は直接お読みいただくとして、ここでは、そのエッセンスをご紹介したいと思います。

【76世代】デジタルネイティブ第一世代(?)
 1976年前後に生まれた世代。現在34歳前後の働き盛りです。就職氷河期を生きてきた人たち。20歳前後にPCとケータイに出会い、PC利用がとくに活発な層。名だたるIT起業家がこれに含まれる。
【86世代】デジタルネイティブ第二世代(?)
 1986年前後に生まれた世代。現在24歳前後。大学生~新卒世代。ケータイをメインに使いこなす。
【96世代】ネオ・デジタルネイティブ世代
 1996年前後に生まれた世代。現在14歳前後。中学生がメイン。モバイル志向が先鋭化。動画デバイスを始終持ち歩き、使い倒す、ビジュアル系が多い。

 76世代と86世代に間には、メディア利用、価値観、対人関係などに大きな落差がある、と指摘しています。

 PC対ケータイ利用でいえば、76世代は、PCで「書き」、ケータイで「読む」のに対し、86世代はケータイで「書き」、PCで「読む」といった違いがあります。76世代は、テレビとPCを同時並行的に見るのに対し、86世代は、テレビを見ながらケータイをいじっている。

 価値観については、76世代が自分らしさを大切にするのに対し、86世代は人との調和を重んじる。

 対人関係でいうと、76世代は「PCで世界とつながる」と感じるのに対し、86世代は「ケータイ」でつながるという感覚をもっている。

 私自身はといえば、76世代以前に属しますが、メディア利用パターンなど、76世代に近い感じです。「ネオ・デジタルネイティブ」になると、私の世代とはまったく違う別世界の住人のような気がしています。モバイル動画を時間、場所を超えて使いこなす「ユビキタス映像処理脳」(105ページ)はその典型でしょう。ちょっと難しい言葉遣いになっていますが、96世代とそれ以前の世代の違いは、次のように要約されています。

「デジタルネイティブ」と「ネオ・デジタルネイティブ」の違いは、前者が、主にPCを通してネットを自在に駆使する世代であるのに対し、後者は、映像処理優先脳を持ち、視覚記号をパラレルに処理するのに長け、モバイルを駆使してユビキタスに情報をやりとりし、情報の大海にストックされた「衆合知」を効率的に利用し、これまでの、言語中心にリニアなモードで構成されてきた世界観を変えていく若者です(140ページ)。


 最後の第4章では、「ネオ・デジタルネイティブとうまくつきあう」というタイトルで、ここは96世代の両親やマーケティング実務家などに有益なアドバイスがいろいろと提案されています(紹介は省略)。

 ネオ・デジタルネイティブが大人になった頃には、世の中どうなってしまうのか、想像もつきません。いろいろと勉強になりました。

 
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