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カテゴリ: 研究ノート

 キンバリー・ヤング博士が考案した「ネット依存度」尺度をもとにして作られたIAT尺度を若干修正し、20項目のリッカート尺度(5段階)をつくり、大学生196名を対象に、簡単なアンケートを実施しました。次のグラフは、その単純集計結果です(「いつもある」「よくある」「ときどきある」の%が比較的高い7項目)。いまどきの大学生は、けっこうネットにはまっているようですね。私自身もネット依存度が高いので、人のことをとやかくいえませんが、心配するような数値ではないようです。ネット依存度のグラフ

「大戦学理」を翻訳したのは誰か?


 一般には、『大戦学理』(『戦争論』)の翻訳者は、森鴎外だと思われているようですが、これは事実に反しています。『大戦学理』(仏訳 Théorie de la grande guerre)の翻訳作業は、陸軍士官学校によって、1886年の後半から開始されています。この翻訳のもとになった原本は、オリジナルのドイツ語版ではなく、フランス語版でした。

 ところが、このフランス語版は、オリジナルのドイツ語版と同じ内容ではなく、最初の理論編の部分が欠落していました。そのあたりの事情は、『大戦学理』にはっきりと記されています。その部分を次に引用しておきます。
大戦学理 巻一

犬戦学理の序 5頁

附言。本書は前述の如く全部八巻。其の第一及第二の二巻は純粋哲理論にして三の巻以下は皆軍事論なり。クローゼウィツの軍事哲理を我が国に紹介するには先づ其の軍事論より譯し始むるに若くなし。是を以て先づ巻の三より翻訳に着手せり。佛譯者ド。ヴァタリー中佐も亦同上の意見を以て其の翻訳を巻の三より始め、而して巻の三、四及五を首巻と号し逐次に巻號を變更せり。今中佐の下せし巻號に従えば巻號錯綜の恐あるを以て本譯書は独逸原書の巻號に従ふことゝせり。

明治三十四年八月
 調べてみたところ、確かに、Vatry中佐訳の『大戦学理』(Théorie de la grande guerre)が1886年から1887年にかけて出版されていることがわかりました(フランス国立図書館蔵)。その目次を見ると、確かに、原書の第一巻と第二巻がありません。

Theorie de la grande guerre

 森鴎外が訳したのは、フランス語版に欠落していた第一巻と第二巻の部分だったのです。つまり、森鴎外がドイツ語の原本から訳出したものと、陸軍士官学校がフランス語版から訳出したものを合わせて、『大戦学理』として出版したというのが、真相なのです。このことは、あまり知られていないのではないでしょうか?

情報の「鴎外造語説」は正しいか?


 では、鴎外は翻訳を出すに当たって、フランス語版の訳文を子細に検討し、訂正などを加えていたのでしょうか?それについては、疑問符がつきます。なぜなら、訳語の統一が図られている様子が見えないからです。その代表的な例が、「情報」と「状報」の訳語です。

 森鴎外の訳した第一巻と第二巻では、只一カ所を除いて、ドイツ語のNachricht(en)を「情報」と訳しています。これに対し、フランス語版のRenseignementは、一貫して「状報」と訳されていることがわかりました。

 つまり、『情報」という言葉に関する限り、訳語の統一は計られていなかったのです。

 鴎外が小倉に転任したのは、「左遷」ではなく、『大戦学理』の翻訳に集中させるためだった、とする新説(石井郁男『森鴎外と「戦争論」)がありますが、上の事実に照らしてみるとき、この説には疑問符が投げかけられます(「左遷説」が現在でも定説になっています)。

 では、鴎外は、Nachricht(en)をなぜ「情報」と訳したのでしょうか?その理由を調べると、当時の最新軍事用語独和辞典で、Nachrichtに「情報」という訳語が当てられていたことがわかりました。

独和兵語辞書(明治32年刊行)

 明治32年に発行された『独和兵語辞書』には、「情報」という訳語が明記されていました。鴎外他訳の『大戦学理』が出版されるのが、明治34年ですから、鴎外は、当然この辞書を参照していたと思われます。「鴎外造語説」もまた否定される結果となってしまいました。

 今後の課題としては、鴎外の『独逸日記』『小倉日記』や陸軍の史料などをもとに、裏をとりたいと思っています。(つづく)



 
 
森鴎外と『戦争論』―「小倉左遷人事」の真実
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 「メディア・エコロジー」という講義の中で、プライバシー・パラドックスについて、次のようなレポート課題を出しました。
 一般に、多くの人々は、プライバシーに対する不安を日頃から持っており、高いプライバシー保護意識をもっています。それとは裏腹に、ブログやSNSなどを通じて、ティーンズなどの若者はプライバシーをさらけ出しているといわれます。このように、一見矛盾する傾向のことを「プライバシー・パラドックス」と呼んでいます。また、フェイスブックのCEOであるザッカーバーグは、現代社会において、プライバシーの社会規範は薄れてきているとも指摘しています。至るところに設置された監視カメラやウェブ訪問歴などで、個人情報が知らず知らずに収集されているのが現状です。また、最近では、インスタグラムなどのSNSで自撮り写真を積極的に公開する人も増えているようです。

 あなたは、「プライバシー・パラドックス」について、どう思いますか。それは現実に存在すると思いますか。プライバシー・パラドックスがもしあるとすれば、どのようにすれば解決できると思いますか。

 また、SNSが普及し、パーソナルデータが膨大に流通する現代の高度情報化社会において、従来のプライバシー権は変化していると思いますか。それとも、プラバシー権は依然として重要だと思いますか。
 提出者269名中、なんと252名が、「プライバシー・パラドックスは存在すると思う」と回答しました。驚くべき数字です。プライバシー・パラドックスが生じる理由として、多くの学生があげていたのは、他者からの承認欲求、同調性(周りのみんながやっているから)、プライバシーを晒すことへのリスク意識の低さ、リア充を顕示したいという欲求、孤立への恐怖などでした。現代の若者が、プライバシー・パラドックスという大きくて複雑な問題に直面していることを改めて認識させられました。

 プライバシー・パラドックスを解決するための手段としては、TwitterやInstagramなどのSNSに鍵をかける(いわゆる鍵アカ)という回答が多く見られました。また、ネットリテラシー教育の必要性を論じたレポートも多く見られました。

 いずれにしても、世代の違う私にとって、非常に教えられることの多い課題レポートでした。詳しい検討は、また改めて、、、 

関連記事:
ストーカー被害、SNS対応を徹底…警察庁通達(読売オンライン 2016年6月20日)
 

 いま、こんなタイトルの論文を準備中です。来年2月頃に出る学部紀要に投稿予定です。おそらく、これが私の現役中の最後の論文になるでしょう。

 いまから十数年前になりますが、「『情報』という言葉の起源に関する研究」という拙い小論を、やはり同じ学部紀要に掲載したことがあるのですが、あのときは、十分な先行研究のレビューも行わず、恥をかいてしまいました。

 あれから十数年、「情報」の言葉に関する起源は、小野厚夫氏らの研究によって、明治6年のフランス陸軍の教練書の日本語訳だったことが明らかにされ、論争にはピリオドが打たれています。当初の「森鴎外造語説」は消え去ってしまったようです。くわしくは、次の論文(小野厚夫氏)をごらんください。

情報という言葉を尋ねて⑴
情報という言葉を尋ねて⑵
情報という言葉を尋ねて⑶

 確かに、明治6年に酒井少佐の周辺が「情報」という言葉を作ったのは、ほぼ事実といってもいいでしょう。しかし、森鴎外が、明治34年に、ドイツ語の「Nachricht」を「情報」と訳したことの意義も忘れてはならないのではないかと思います。

 そこで、先行研究を踏まえた上で、「情報」初出文献の原本に立ち返って、「情報」という言葉が生まれた経緯を改めて検証したいと考え、いま関連資料を渉猟中です。

 その裏には、意外と知られざる謎が含まれているように思われます。

 たとえば、有名な森鴎外訳の『大戦学理』(あるいは『戦論』)には「情報」という言葉が頻出する、次のようなくだりがあります。

六  戦の情報

情報トハ敵ト敵國トニ関スル我智識の全体ヲ謂フ是レ我諸想定及ヒ諸作業ノ根底ナリ試二比根底ノ本然ト其ノ不確実ニテ変化シ易キコトトヲ想ヘ戦ト云フ者ノ構築ノ如何二危険ニシテ破壊シ易ク又戦者ノ此破壊ノ為ノニ墜来ル土石ノ下ニ埋メラレ易キカヲ知り難カラサルベシ兵書ヲ読ムニ或ハ明確ナル情報ニ非デハ信ズルコト勿レト云ヒ或ハ常ニ情報ノ妄りニ信ズベカラサルモノナルコトヲ思へト言フコトアリ

 これは、森鴎外自身が訳出した部分ですが、同じ『大戦学理』でも、あとの方は陸軍士官学校がフランス語版から訳出したもので、フランス語のRensegnementを「状報」と訳しています。

 ここに、情報と状報という二つの異なる訳語をめぐる大きな謎があります。続きは、改めて、、、 

 
情報ということば: ─その来歴と意味内容
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