事件の概要

 2012年11月6日、神奈川県逗子市の共同住宅で、33歳の女性が、以前交際関係にあった男性容疑者(40歳)に刺殺され、この男性は首をつって自殺するという事件が発生した。警察署の調べによると、2人は2004年ころから交際していたが、別れた2006年ころ、同容疑者から嫌がらせのメールが頻繁に届くようになり、警察に相談した。その後、メールは一時やんだが、10年12月から再び同容疑者から大量のメールが送りつけられるようになり、11年4月には「刺し殺す」という脅迫メールが届いたため、同年6月、容疑者を脅迫容疑で逮捕した。同容疑者は懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受け、保護観察処分になった。

 しかし、2012年4月になると、「またメールが届くようになった」と被疑者が警察に相談。容疑者からは「結婚を 約束したのに別の男と結婚した。契約不履行で慰謝料を払え」などのメールが1000通以上も連続して送り付けられた。被害者は結婚後、新しい姓名や住所を秘匿していたが、男が逮捕された際に、被害者の結婚後の姓や住所を読み上げられ、これによって被害者の住所を知った可能性がある。県警が容疑者の携帯電話やパソコンを調べたところ、逮捕以前は被害者の住所は「逗子市」までしか記載がなかったが、有罪判決を受けて釈放された後には、インターネット上に「逗子市小坪6丁目」とより詳しく書き込んでいた。

 また、この容疑者は八千代市の探偵業者に、被害者の詳しい住所の調査を依頼していたことが判明した。その後の捜査で、探偵業者は、調査会社に住所の割り出しを依頼していたことが判明した。その後、被害者の納税情報について、事件前日に逗子市役所に電話で照会があったことがわかった。被害者の情報は同日、東京都目黒区の調査会社の社員から千葉県八千代市内の探偵業者に伝えられており、これが容疑者の手にわたって、事件発生に結び付いた可能性が指摘されている。

「容疑者がQ&Aサイトを使って被害者の住所を調べた」という一部報道について

   ウィキペディアによると、
加害男性は2011年6月の逮捕前及び同年9月の有罪判決後からYahoo!知恵袋で複数のアカウントを使って約400件にもわたって「被害女性の居住地域に絡む住所特定に関する質問」「パソコン・携帯電話の発信による個人情報の収集に関する質問」「刑法等の法律解釈に関する質問」「凶器に関する質問」等の質問をして(質問文自体は被害女性名や自分が殺人事件を起こす意思があることを伏せた上で、善意の人間による疑問提示という形を装っていた)、被害女性の住所を特定して殺人事件の準備のための情報を収集しようとしていたとみられている(2014年10月29日閲覧)
となっている。しかし、筆者が『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』で調べたところ、Yahoo!知恵袋に言及した記事は1本もなかった。唯一あったのは、『朝日新聞』の次の記事である。
 神奈川県逗子市で6日、デザイナーの三好梨絵さん(33)が元交際相手の男に刺殺された事件で、インターネットの特定の質問サイトに事件の準備や予告をうかがわせる投稿が相次いでいたことがわかった。
 逗子署は、ストーカー行為の末、事前に準備した包丁で三好さんを殺害し、首をつって自殺したとされる小堤英統容疑者(40)が投稿していた可能性が高いとみている。小堤容疑者の自宅からパソコンを押収しており、解析を進めている。
 捜査関係者らによると、この質問サイトには、三好さんの名前の一部を使うなど小堤容疑者が投稿に使ったとみられるアカウントが少なくとも三つあり、昨年5月から刺殺事件の2日前までに計340件の質問があった。三好さんへの脅迫容疑で小堤容疑者が逮捕された昨年6月1日から、執行猶予付き有罪判決を受けて釈放された昨年9月20日までは、投稿はなかった。
 三好さんの自宅がある小坪6丁目付近の様子や、神奈川県の住宅地図が都内の図書館で見られるかを尋ねる投稿など、事件に関連するとみられる質問も大量に含まれていた。  昨年5月には「探偵業者の方に質問です。携帯などからターゲットの居場所を特定するにはどのような手段を活用しているのでしょうか」と投稿していた。
 昨年11月には「固定電話の電話番号から住所を調べるサービスはありますか」、「逗子駅から小坪6丁目に行くバスはありますか」と尋ねている。同署によると、小堤容疑者は事件当日、電車でJR逗子駅に到着した後、バスで三好さん宅まで行ったことが判明している。
 また、昨年12月には「殺人事件を犯した犯人が逮捕される前に自殺してしまった場合、その後の事件の処理はどうなるのですか」ともあった。
 最後の投稿があったのは今月4日。「一人暮らしを始めて自炊するようになったのですが、包丁ってホームセンターに行けば売っていますか」との内容だった。
 同署は、一連の質問内容が犯行に至る経緯を解明する手がかりになる可能性があるとみている。
(『朝日新聞』2012年11月11日) 
 記事中の「質問サイト」がYahoo!知恵袋なのかは不明である。ウィキペディアは、この点に関して、2つの情報源をあげている。一つは、「ガジェット通信 2012年11月11日」、もう一つは『スポーツ報知(2012年11月11日(2012年11月12日時点でのアーカイブ))である。ガジェット通信は、ネットのニュースサイトで、「逗子ストーカー殺人事件の容疑者がYahoo!知恵袋で情報収集していた」という記事である。しかし、この記事にはニュースソースが明記されておらず、真偽のほどは定かではない。また、報知新聞の記事は、「「ヤフー知恵袋」使って住所特定か?探偵にも依頼…逗子ストーカー殺人事件」という見出しで、犯人がヤフー知恵袋を使って被害者の住所や犯行につながる情報を得ていたとみられる、との内容である。

 朝日新聞を含め、これらの記事はいずれも、警察の取材によって分かったこととして報道されているが、警察からの正式の発表はその後もなされていない。警察の情報も、あくまでも「推測」の域を出ていない。容疑者が自殺したことから、真相は闇の中に包まれているといってよいだろう。このような未確認情報がネット上で一人歩きして、犯人がヤフー知恵袋を使って被害者の個人情報を収集していたかのような「俗説」がつくられてしまったのではないだろうか? 容疑者が被害者の住所を特定できたのは、容疑者が逮捕された際に、警察が読み上げた被害者の姓名と住所、および、事件の直前に容疑者が探偵を使って調べた情報だった可能性がもっとも高いことに留意すべきだろう。